八雲はヘビースモーカーだった

あの長い煙管きせるが好きでありまして、百本程もあります。一番古いのが日本に参りました年ので、それから積り積ったのです。一々彫刻があります。浦島、秋の夜のきぬた、茄子、鬼の念仏、枯枝に烏、払子、茶道具、去年今夜の詩、などのは中でも好きであったようです。これでふかすのが面白かったようです。

外出の時は、かますの煙草入に鉈豆なたまめのキセルを用いましたが、うちでは箱のようなものに、この長い煙管をつかねて入れ、多くの中から、手にふれた一本を抜き出しまして、必ず始めにちょっと吸口と雁首がんくびとを見て、火をつけます。座布団の上に行儀よく坐って、楽しそうに体を前後にゆるくゆりながら、ふかして居るのでございます。

西洋でも日本でもないところへ

亡くなった二十六日の朝、六時半頃に書斎に参りますと、もうさめていまして(編集部註:起床していて)、煙草をふかしています。「お早うございます」と挨拶を致したが、何か考えて居るようです。それから「昨夜大層珍らしい夢を見ました」と話しました。私共は、いつも御互に夢話を致しました。「どんな夢でしたか」と尋ねますと「大層遠い、遠い旅をしました。今ここにこうして煙草をふかしています。旅をしたのが本当ですか、夢の世の中」などと申して居るのです。「西洋でもない、日本でもない、珍らしいところでした」と云って、独りで面白がっていました。

三人の子供達は、床につきます前に、必ず「パパ、グッドナイト、プレザント、ドリーム」と申します。パパは「ザ、セーム、トウ、ユー」又は日本語で「よき夢見ましょう」と申すのが例でした。

次男の巌
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
次男の巌、写真提供=小泉家(無断複製禁止)
三男の清
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
三男の清、写真提供=小泉家(無断複製禁止)

長男の「おはよう」に「おやすみ」

この朝です、一雄が学校へ参ります前に、側に参りまして「グッド、モーニング」と申しますと、パパは「プレザント、ドリーム」と答えましたので、一雄もつい「ザ、セーム、トウ、ユー」と申したそうです。

小泉八雲の妻セツと長男の一雄
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
小泉八雲の妻セツと長男の一雄、写真提供=小泉家(無断複製禁止)

この日の午前十一時でした。廊下をあちこち散歩して居まして、書院の床に掛けてある絵をのぞいて見ました。これは「朝日」と申します題で、海岸の景色で、沢山の鳥が起きて飛んで行くところが描いてありまして夢のような絵でした。ヘルンは「美しい景色、私このようなところに生きる、好みます」と心を留めていました。

掛物をよく買いましたが、自分からこれを掛けてくれあれを掛けよ、とは申しませんでした。ただ私が、折々掛けかえて置きますのを見て、楽しんでいました。御客様のようになって、見たりなどして喜びました。地味な趣味の人であったと思います。御茶も好きで喜んで頂きました。私が致していますと、よく御客様になりました。一々細かな儀式は致しませんでしたが、大体の心はよく存じて無理は致しませんでした。