「普通の鉄の板」に見えた

寺西社長から見て、従来のブレードは「一般的な鉄の板のようだった」という。普通鋼では強度が足りずに、曲がったり折れたりしてしまうことが容易に想像できた。しかし、山一ハガネが普段扱っている特殊鋼であれば、スケートの使用に耐えうる特性を持つ素材がある。

また、従来のブレードは、刃の部分と靴に取り付けるプレートを溶接してつないでいたが、溶接の精度および部位による強度の違いにより、回転、ジャンプなど、滑りの際の負荷に耐えられず、折れたり曲がったりする原因になっていた。そのため、寺西社長は「つくるなら削り出しの一体構造しかない」と、すぐに思ったという。「削り出し」とは、機械で素材を目的の形に削り出すため、つなぎ目のない一体構造になる。彫刻のようなイメージだ。

従来のブレード加工との違いを説明するパンフレット
撮影=中谷秋絵
従来のブレード加工との違いを説明するパンフレット

開発を担当した石川さんは、寺西社長から話を受けた時、「いつも金型をつくっている技術を応用すれば、できると思った」という。

山一ハガネという会社

そもそも山一ハガネとはどういう会社なのか。同社は1927(昭和2)年に、現社長の祖父が創業。戦前からさまざまな形状、材質の特殊鋼材料を扱い、顧客が必要な分量を納めるビジネスを行っていた。

3人兄弟の次男として生まれ、「当然兄が会社を継ぐのだろう」と考えていたという寺西社長。大学卒業後に勤務した大手メーカーで海外赴任(アメリカ)を経験。「見るもの、体験するもの、すべてが楽しかった」と当時を振り返り、自ら計画、行動し結果を出すといった海外での経験が、現在のチャレンジ精神の源泉にもなっているという。

駐在中のある日、当時の社長である父親から会社に戻るよう連絡が入った。家業を継ぐことなど考えていなかったが、紆余曲折を経て、1995年、山一ハガネに入社した。

山一ハガネの工場
撮影=中谷秋絵
山一ハガネの工場

当時は猫の手も借りたいような人材不足だったこともあり、個性的な人が多く、危険な仕事のやり方も蔓延していた。

前職との大きな環境の違いに驚いたと苦笑する。「まず社内体制を見直さないといけない」と改革に乗り出す。まずは就業規則を整え、次に在庫管理に着手した。当時は、現場に見に行って長さを測ってみないと何がどれだけあるかわからない、材料を取り出すのに半日かかる、棚卸しで数千万単位の誤差が発生するなどのアナログな管理体制だったからだ。