※本稿は、辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
人間関係で悩む人がいつまでも減らない理由
多くの人が、まわりの人とうまくやっていきたいと考えているのに、人間関係の悩みがなくならないのはなぜなのでしょうか。
私は、どんなことも「自分で決めている」と考えられるようになると、人間関係はぐっと楽でシンプルになると思っています。
好むと好まざるとにかかわらず、私たちは、すべてのことを自分で決めて生きています。自分の脳が「やる」と指令を出すから、行動ができるのです。
社長から命令されて、いやな仕事をやらされているとしても、「やる」と決めたのは「自分」です。「断れなかったんです」とあなたは言うかもしれませんが、社長に脳をジャックされたわけではありません。
命令されたことを断らずに、その仕事を引き受けると決めたのはあなたなのです。
「やりたくないことまで、自分で決めたと考えるなんてつらい」と思うかもしれません。けれども、見方を変えれば逆です。
「決めるのは自分だ」「自分に選択権があるんだ」と考えると、生きるのがずっと楽になるのです。
人生の主役は自分です。どんなときも自分が決めて、自分が行動して、生きているのだと考えてください。自分の人生なんだから、どんな選択をしたっていいのです。
これが真実の世界です。
このことに気づくと、「自分はまわりに振り回されていた」と思っていたのが、じつは自分で選んできたのだとわかり、心が軽くなるのです。
それは「自分のせいだ」と責める自責とはちがいます。
世の中の多くの人は、みな不機嫌です。
まわりの人がたいてい不機嫌なので、私たちの脳はまわりに持っていかれてばかりで、人のきげんを気にしたり、人のきげんをとったりすることに忙しくなっています。
そして自分も不機嫌なのです。
不機嫌なままだから、余裕がなくて、起こった出来事に対して、人のせいにしたり、文句を言ったりしてしまうのです。みんなが人のせいにし合って、誰も責任をとらない世の中になっているのはこのためです。
でも自分のきげんを大事にしている人は違います。
まわりがどうであろうとも、どんな結果になろうとも、ごきげんでいようとします。だから、まわりの人を不機嫌にする確率もぐっと下がります。
「自分で決める」というのは、自分を大事にすると同時に、まわりの人を大事にするということでもあるのです。それこそが「ごきげん道」の自分と他者に対する根本的な考え方です。自分で決めていると考えるのは、先述のように自責の念で自分を責めるのではありません。
決めていると考え、自由を感じるようなイメージです。
また「自分を大事に」と言うと、必ず「それは単なる自己中じゃないですか」と反論する人がいます。自己中は自分のためにしか行動しないことを言います。でもほんとうに自分を大事にしていて、きげんがよければ、人のためにいろいろなことがやれるようになるはずです。
自分自身の人生を自分が主役になって生きることは、人のためでもあるのです。「ごきげん道」では、自分のためこそが、人のためになるのです。
それなのに、「自分で決める」ということをみんなが不安に思うのはなぜでしょう。
みんな、自分が人生の主役になることに恐怖を感じています。ずっと誰かに決めてもらう人生だったからです。
ちょうど、ずっと脇役だった俳優さんが、急に主役に抜擢されて困っているのと似ているかもしれません。
主役を演じるということには、練習が必要なのです。ごきげん道は、自分が主役の人生を歩む助けにもなります。