人の苦しみは外部からは見えない

問題を抱えすぎて困っている人が怠惰に見えるのはなぜだろうか。

理由の1つは、人の苦しみはたいてい外部からは見えない、ということだ。

不安障害や貧困、病児のケアや介護などで困難な状態にあると学生が伝えてくれない限り、教員の私には知りようがない。バス停のそばにいるホームレスの人とも実際に話してみるまでは、彼が脳損傷の後遺症を抱えており、朝、服を着るなどの日常の動作にも苦労しているとはわからなかった。同様に、業績の低い同僚がいても、その人が頑張れないのは慢性的なうつ病によるものだとは知る術がない。実際には燃え尽きて動けない人を、ただの怠け者だと誤解してしまうわけだ。いくら本人が頑張っていても、社会はその人を排除し続け、ただのやる気のないダメ人間と見なしてしまう。

「怠惰」だと切り捨てられている人の多くは、限界まで追い込まれている。実際は多大な困難とストレスを抱えて、必死に頑張っているのだ。それでも、要求が本人のキャパシティを超えているため、事情を知らない他人からは「何もしていない」ように見える。しかも、この社会では「個人的な問題は正当な理由にはならない」とされている。

ホームレス
写真=iStock.com/Skyak
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社会に満ちている「怠惰のウソ」

こうした偏見や非難は他人に向けられるだけではない。私たちは自分のことも理不尽に責めている。自分に対して、途方もなく高い要求をしがちなのである。もっと頑張らなきゃ、休むべきではないし、欲求は抑えるべきだ、などと考えてしまう。個人的な事情は正当な言い分にならず、抑うつ傾向や子どもの世話、精神的な不安やトラウマ、腰痛など、個人の都合を理由に休んだり諦めたりしてはダメだと思っている。そうやって、超人レベルのことを達成するよう自分に課し、できないたびに怠惰な自分を責めるのだ。

デヴォン・プライス『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
デヴォン・プライス『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

私たちはみんな、怠惰について誤った信念を植えつけられてきた。現代の文化では、強い意志や根性さえあれば誰でも成功できるとされ、限界まで自分を追い込むのが美徳で、気楽にやるより価値が高いとされている。

どんな場合も自分の限界を持ち出すのは怠惰さの証拠で、そんな人には愛情や慰めは不要だと教え込まれてきた。これが「怠惰のウソ」である。「怠惰のウソ」は社会に満ちていて、そのせいで私たちは自他に厳しくなり、ストレスを抱え、無理をして、それでもまだ努力が足りないと考える。

この「怠惰のウソ」を乗り越えるためには、まず「怠惰のウソ」に向き合い、それを理解する必要がある。

デヴォン・プライス(Devon Price)
社会心理学者

オハイオ州立大学で心理学と政治学の学士号を取得後、シカゴ・ロヨラ大学で応用社会心理学とデータ・サイエンスの講義を行う。近著に『Unmasking Autism: Discovering the New Faces of Neurodiversity』(未邦訳)、『Unlearning Shame: How Rejecting Self-Blame Culture Gives Us Real Power』(未邦訳)などがある。