両親、妻、4人の子どもを遺して
それから8カ月しか経たない明治30年(1897)3月15日、両親に妻、そして11歳の長女から2歳の三男まで4人の子どもをこの世に遺し、西田は旅立った。まだ34歳にすぎなかった。
ハーンは悲しみのどん底に突き落とされた。セツは『思ひ出の記』にこう語っている。
「亡くなった後までも(ハーンは)『今日途中で、西田さんの後姿見ました、私の車急がせました、あの人、西田さんそっくりでした』などと話した事があります。似ていたのでなつかしかったといっていました。早稲田大学に参りました時、高田さんが、どこか西田さんに似ているといって、大層喜んでいました」
ハーンにとっての「西田ロス」が、視聴者にとっての「錦織ロス」などまったく比較にならないほどつらく苦しいものだったことは、言うまでもない。
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。