34歳で早世した西田との思い出
出雲滞在の最後の1週間は、4人家族に西田を加えて杵築で過ごす。着いた翌日(8月12日)、出雲大社に詣でた。『朝日新聞』が「出雲の神様にお礼参り 小泉八雲夫婦」という記事を載せたが、二人の結合を、かくも完全なものとし給うた縁結びの大神に対して、御礼の参拝を行ったのは当然である。
参拝した日の夜、セツは深夜の1時までかけて、神戸の(養父)金十郎に長い手紙を認めている。引続きの雨天で寒く、一雄には単衣2枚を重ね着させている事などの報告とともに、連日の新聞の転送や、留守中、夜中交代で「ねずの番」をしていることなどに感謝していることが、書き送られた。中でも、「父上さまのふんどしは まちがいにてかばんの中に入り 当地に罷在るに付きさぞ御不自由の事と察し……」の事を二度も書いて、セツと金十郎との、ユーモアを交える大らかな親子関係が察せられるのが、興味深い。
この8月12日以来、養神館に宿泊して、5年前の夏の日を偲ぶかのように、稲佐の浜での海水浴を楽しむ。後に一雄は、小さな波を恐れるのを忌々しがったハーンから、「あなた日本男児ないですか!」と叱られた思い出を語っているが、一雄は満3歳に3カ月足らず、その父親は日本人になってからまだ6カ月にしかなっていなかった。
1940年新潟市生まれ。新潟大学人文学部で史学を専攻、コロンビア大学のM.A.学位(修士号1974)、M.Ed.学位(1978)を取得。一時期会社員、前後して高等学校教諭(世界史担当)。著書に『小泉八雲の妻』(松江今井書店、1988年)、その改定版となる『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)、『A Walk in Kumamoto:The Life & Times of Setsu Koizumi, Lafcadio Hearn’s Japanese Wife』(Global Books, 1997)、『わが東方見聞録―イスタンブールから西安までの177日』(朝日新聞社)がある
