「東洋のヴィーナス」誕生

山口小夜子さんのトレードマークとなったボブヘアについては、こんな逸話もあります。それは彼女がパリに出発する前夜のこと。小さな顔をより強調するため、ヘアにボリュームと表情とを出そうということになったのです。そこでサロンのスタッフを総動員し、表面をのぞいた内側全体を三つ編みにして、パーマネントウェーブをつくり、ボリュームを出すことに。このスタイリングには4時間もかかったのですが、嫌な顔ひとつせずにじっとしてくれていました。そうはいっても出発は明日。「大丈夫?」とみんなが心配するのですが、「もちろん大丈夫。皆さんこそ、こんな夜遅くまでごめんなさい」と気遣われてしまう始末。自分の理想とする美を追求する姿、何より人への思いやりを忘れない心、彼女がプロたる所以を見た気がしました。

川邉サチコ『87歳。“私基準”で生きる』(プレジデント社)
川邉サチコ『87歳。“私基準”で生きる』(プレジデント社)

カレンダー撮影の沼津ロケのことも思い出します。なんと衣装は三宅一生さんで、アートディレクションが横尾忠則さんという豪華メンバー。そのふたりが同行するという緊張感のあるロケです。季節ごとにシーンを変えて、2日間で6カットを撮影する、かなりハードなスケジュールでした。太陽が昇る前に冬のカット、光の強い昼間に夏のカット、夕暮れどきに秋のカット……場所を変えながら早朝から晩まで撮影が続きます。次の日も朝が早いので、夕食後はすぐ部屋に入り、マッサージとパックとをして休んでもらうことにしました。

すると翌朝、彼女は夜が明ける前に準備をスタート。私が起きてきたときには、すでに鏡の前にスタンバイしていたのです。ようやく撮影が終わり、ロケバスで全員一路東京へ。すると「明日もショーで朝が早いの」と言うではありませんか。それでも彼女の表情は明るく、充実感に満たされています。

「お仕事って楽しいよね。一生さんや横尾さんがいらしても、サチコさんと一緒だったから、すごくリラックスして撮影に臨めたの。ありがとう」そう言われて、私の疲れは一気に吹っ飛んでしまいました。生まれながらにもっている美の感性と努力を惜しまない性格。何より人としてやさしく、謙虚で温か。数多くのクリエイターが山口小夜子さんをサポートしたのは、彼女自身の人間性ゆえのこと。こうして一世を風靡する東洋のヴィーナスは誕生したのです。

川邉 サチコ(かわべ・さちこ)
トータルビューティークリエーター

1938年、東京生まれ。女子美術大学卒。パリのメイクアップアーティスト、ジャン・デストレのスクールで学ぶ。ディオール、サンローラン、ヴァレンティノをはじめ、イッセイ・ミヤケ、 KANSAIなど国内外の著名デザイナーのコレクションや、海外アーティストのヘアメイクを担当。著書に『カッコよく年をとりなさい グレイヘア・マダムが教える30のセオリー』(ハルメク)、『あの人が着ると、 パーカーがなぜ おしゃれに見えるのか』(主婦と生活社)など多数。