「養子縁組プラン」の方が「伝統破壊」になる

明治典範の制定にあたっても、「皇統」による継承を条文で定める根拠として『日本書紀』の書名が挙げられる一方、わが国の伝統とは異なる「男子」限定については、プロイセン、ベルギー、スウェーデンという男系主義のサリカ法典の影響を受けたヨーロッパの君主国の名前を挙げるしかなかった(「皇室典範草案」欄外注記、明治20年[1887年])。

憲法が求める「皇位の世襲」も“皇統による継承”を意味する。その「皇統」に男系も女系も含まれることは、これまでの政府の見解であり(内閣法制局執務資料『憲法関係答弁例集(2)』など)、学界の定説だ。

これに対して、80年近くも前に皇籍を離れ、“親の代から”すでに国民である旧宮家系子孫の男性は名分上、もはや「皇統に属する」とは見なせないだろう(美濃部達吉『憲法撮要 改訂第五版』、里見岸雄『天皇法の研究』など)。

政権与党はその一般国民の男性を養子縁組で皇族にし、その子孫に皇位継承資格を認めようとする方策を「第一優先」とする。しかし、このような養子縁組案こそ、正真正銘、これまでに前例が「1度もない」伝統破壊と言うほかない(宮内庁書陵部『皇室制度史料 皇族 一』など)。

このプランはリアリティがほとんどないのが救いだ。それについてはプレジデントオンライン、高市首相は「女性天皇」を否定していない…皇室研究家が「選択肢は“愛子天皇”しかない」と断言するワケ(2月24日公開)を参照してほしい。だが、万が一にもそれが実現すれば、まさに皇統を断絶させ、民間の賀陽家、久邇家、東久邇家、竹田家という一般国民の血筋から天皇を出す危険性を導く。

「皇統」が拡大解釈されてしまう

旧宮家については、被占領下での皇籍離脱の印象が強いせいか、養子縁組の対象となる人たちについては、もともと戦前のルール(「皇族の降下に関する施行準則」大正9年[1920年])に照らしても、生まれた時からすでに皇族ではないほど、皇室との血縁が遠い事実が忘れられているようだ。

もし「皇統」という概念を民間にまで拡大すると、それに“属する”一般国民は旧宮家系子孫に限らず、数多く存在する。

たとえば明治以降、敗戦までに臣籍降下した皇族が14名(ほかにも非嫡出子で皇籍になく華族だった人物が2名)いるので、その子孫も当てはまるだろう。

また、男系では旧宮家系子孫より皇室との血縁がはるかに近い、江戸時代の天皇の血筋を引くいわゆる「皇別摂家こうべつせっけ」の系統は、「ある計算によると……鷹司系が32名、近衛系が9名、一条系が10名なのだそうだ」という(八幡和郎氏『新潮45』平成29年[2017年]1月号)。

さらに桓武平氏や清和源氏、『新撰姓氏録』の「皇別」氏族などの系統も加えると、際限なく広がる。

しかし、それらの人々まで“皇統に属する”として、養子縁組という法的な手続きだけで手軽に皇族の身分や皇位継承資格まで認められると、皇室と一般国民の区別が曖昧になってしまう。