家族で力を合わせて

戦争、災害、夫と義父の死、義母の介護など多くの苦労を乗り越え、70年以上店を守ってきた敏子さん。現在は息子の妻、昭美さんと孫の由香里さんとともに盛華堂を運営している。

敏子さんの義娘の昭美さん(左)。孫の由香里さんは残念ながら不在だった
撮影=中谷秋絵
敏子さんの義娘の昭美さん(左)。孫の由香里さんは残念ながら不在だった

冒頭で紹介したように、盛華堂はSNSで注目されて以来、お客さんの数が一気に増えた。以前は敏子さん一人でのんびりと営業していたが、みたらし団子の販売数が10倍になり、一人では手が回らなくなった。そこで、2~3年前に昭美さんと由香里さんが仕事を辞めて、店の運営に入った。取材時も、昭美さんがみたらし団子を焼き、忙しそうにキビキビと動き回っていた。

団子を焼いている
撮影=中谷秋絵
お客さんの対応をしながら団子を焼いて、忙しそうに働く昭美さん
撮影=中谷秋絵
お客さんの対応をしながら団子を焼いて、忙しそうに働く昭美さん

一方、孫の由香里さんは若い感性を活かした新商品をつくり、SNSを使って宣伝、広報に力を注いでいる。盛華堂のInstagramには「クリスマスあん団子」や「ハロウィンあん団子」など、カラフルでかわいらしい商品が載っており、これらは由香里さんのアイデアだ。敏子さんは、由香里さんのことを「素質がある」と期待を込めて話す。

敏子さんは現在週5日、午前9時から午後9時まで働いている。朝、店を開けてお客さんの対応をし、夕方以降にみたらし団子の仕込みをする毎日だ。

SNSでバズった、昔ながらのつくり方

盛華堂のみたらし団子の材料は米粉と水のみ。機械で材料を混ぜ合わせた後、敏子さんと昭美さんの2人で、ギュッギュッと力を込めて押していく。手でこねることで、より弾力が出るのだという。

1回で250本分のみたらし団子をつくる。重いものを運ぶ作業は敏子さんの負担になるため、昭美さんの担当だ
撮影=中谷秋絵
1回で250本分のみたらし団子をつくる。重いものを運ぶ作業は敏子さんの負担になるため、昭美さんの担当だ

米粉をこねた後は細長いロープ状にして、縦に線が入った木の道具に乗せていく。道具は上下でセットになっており、原料を挟んで数回コロコロと転がすと、あっという間に丸い形になって出てきた。

「今みんな機械でやるから、こんなの使っとる人いないでしょう」と言う敏子さん。確かに、道具は見るからに年季が入っているし、古風なやり方なのだろう。しかし、注目されたSNSの動画にも、この昔ながらの方法で団子を形成する様子が映されていた。古くて珍しいからこそ、多くの日本人、さらには海外の人を惹きつけたのかもしれない。

細長い形にして、道具に乗せる
撮影=中谷秋絵
細長い形にして、道具に乗せる
道具で挟んで転がすと、パッと団子の形になって飛び出してきた
撮影=中谷秋絵
道具で挟んで転がすと、パッと団子の形になって飛び出してきた

この団子をつくる道具「球断器きゅうだんき」は、敏子さんの夫が通勤途中に百貨店で購入してきたことをきっかけに使い始めた。以前はすべて手作業だったが、球断器でつるくようになってから一気に楽になった思い入れのある品だ。

現在4代目の団子を形づくるための道具「球断器」
撮影=中谷秋絵
現在4代目の団子を形づくるための道具「球断器」

丸くなった原料は一つずつ串に刺し、手で少しつぶして平らにしていく。この後は蒸しておき、注文が入ってから焼いて、タレをつけて提供する。

「米粉は、たとえば新米と古米とでは状態が違うんです。米粉によって水分量を変えたり、季節によっても調整したりしています。主に、私と夫で考えて試しながらやっています」(昭美さん)

テキパキと仕事をこなしているように見える昭美さんだが、「まだまだ手探りなことが多い」という
撮影=中谷秋絵
慣れた手つきで作業する敏子さん

テキパキと仕事をこなしているように見える昭美さんだが、「まだまだ手探りなことが多い」という。

昭美さんの夫、つまり敏子さんの息子の靖彦さんは現在、会社員をしながら休日に店を手伝っている。敏子さんは「継がなくていい」と言っていたが、靖彦さんは「この味と店を守りたい」と、店を継ぐつもりでいるそうだ。

みたらし団子は義父から基礎を学び、敏子さんが何度も改良しながらつくり上げてきた。焼きたてはもちろん、冷めても固くならないのも特徴だ。筆者も翌日に食べてみたところ、ややずっしりとしたもちもち感に変わっていて、焼きたてとは違う食感を2度楽しめた。

義父、敏子さん、息子夫婦、そして孫まで、4世代でつないできた盛華堂の味だ。