養子が直面する「想像を絶する重圧」
立法府の総意を取りまとめるために、衆参正副議長の呼びかけで全政党・会派が一堂に会した「全体会議」では、出席した政党代表から、養子になる意思をもつ男性が不在なら②プランは無意味、という趣旨の指摘が繰り返しなされている。
それに対して、政府側から納得できる説明は行われていない。
憲法によって「自由と権利」を保障された国民男性が、女性皇族との結婚も介さないで、それらが全般的に制約される皇族になる決意をすることは、普通に考えて至難だろう。このプランを推進しようとする論者からも「特攻隊に志願するほどの大きな覚悟と勇気を必要とする」との指摘がある(新田均氏『別冊正論Extra.14』)。
しかも養子になった男性は、必ず結婚して男子に恵まれることが至上命令となる。その重圧は想像を絶する。
驚いたことに、本人が幼く物心のつく前に養子縁組を行えばよい、という極論まで一部から出ている。だが、国民同士の一般的な養子縁組でも3分の1ほど離縁するケースがある。本人の意思を無視した養子縁組がうまく行くとは想像しにくい。そもそも両親がそれに同意するだろうか。
「旧宮家」当事者のホンネ
これまで知られている4家関係者の「皇籍の取得」(自分や子どもが皇族になること)をめぐる発言を振り返ってみよう。
元皇族だった久邇邦昭氏(昭和4年[1929年]生まれ)は著書『少年皇族の見た戦争』(平成27年[2015年])の中で次のように述べている。
養子縁組について、東久邇盛彦氏(昭和42年[1967年]生まれ)は「旧宮家から養子をとるといっても、あまり現実的にはイメージができませんね」と語っていた(『文藝春秋』平成17年[2005年]3月号)。
賀陽正憲氏(昭和34年[1959年]生まれ)には2人の男子がいる。だが、「立場が違いすぎ、恐れ多いことです。……皇室様へのお婿入りなど考えること自体、失礼と思います」と述べる(『週刊新潮』平成23年[2011年]12月15日号)。
同じく婿入りについて、東久邇征彦氏(昭和48年[1973年]生まれ)も男子がいるが「私は外野の人間。……そんなお話になってもお断りさせていただくと思います」と(同)。
竹田家の関係者も「私自身は仮に打診があっても受けるつもりはございません」(竹田恒泰氏、昭和50年[1975年]生まれ、同)との答え。
以前、旧宮家系の未婚の成年男子を網羅的に取材した保阪正康氏が次のように述べていた(『月刊現代』平成18年[2006年]2月号)。
社会との関係性を考えても、皇族に戻る気にはなれないという感じです」
皇籍離脱からの長い歳月を考えると当然の反応だろう。