「東宮御学問所」で昭和天皇が受けた帝王学

昭和天皇』第1章「思想形成」の部分では、昭和天皇が受けた帝王学について詳細に述べられている。

昭和天皇は学習院初等科を修了したのち、中等科には進まず、高輪の東宮御所内に設けられた「東宮御学問所」で5人の学友と学ぶことになった。

その際、重要な科目になったのが倫理学だが、その教員を誰にするかで手間取った。最終的に、国粋主義の立場から言論や教育活動を行っていた杉浦重剛じゅうごうが選ばれた。いかに、倫理学の講義に力が入れられたかは、それが全部で278回にも及んだところに示されている。

古川氏によれば、「杉浦は、天皇が統治するという日本の国のあり方は、個々の天皇の努力によって国民を感化し、かつ国民からの支持を得てこなければ続くことはなかったと教えた」という。他にも重要な人物が学問所で講義を行い、それが昭和天皇の思想形成に多大な影響を与えたのである。

現在の上皇の場合にも、戦後、アメリカ人のエリザベス・ヴァイニング夫人が家庭教師となり、平和主義とキリスト教的倫理を学んでいる。彼女を家庭教師にしたのは昭和天皇の意向だった。また、元慶應義塾長の小泉信三からは、イギリスの『ジョオジ五世伝』(ハロルド・ニコルソン著)をテキストに、立憲君主制における君主の役割を学んでいる。

皇太子時代の上皇とヴァイニング夫人(東京・小金井の東宮御仮寓所にて)
皇太子時代の上皇とヴァイニング夫人(東京・小金井の東宮御仮寓所にて)(写真=朝日新聞社「朝日歴史写真ライブラリー 戦争と庶民1940-1949 第5巻」より/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

「徒弟修行」に変わりゆく現在の帝王学

こうした帝王学は、それを授けられる本人が望んで行われるものではない。周囲がお膳立てをしなければ実現できない。それが、今上天皇の段階になると、こうした機会は与えられなかった。学習院で学んだのち、イギリスに留学してオックスフォード大学では、日本では得られない自由な環境で勉学の機会を持ったが、特別に帝王学は授けられていない。

現在の天皇の代になって、帝王学は「徒弟修行」のようなものに変貌したと言えるかもしれない。職人や商人、あるいは伝統芸能の演者などは師匠に弟子入りし、その背中を見ながら学んでいく。現在の天皇は、上皇や上皇后の背中を見ながら、象徴天皇制における天皇の役割を学んできたのである。

昭和天皇の場合、その在位期間の前半は、象徴天皇制の下にはなかった。だからこそ、厳しく帝王学を仕込まれたわけである。上皇の場合には、戦後に時代が大きく変わるなかで、それに対応できる素養を磨く帝王学が必要だった。しかし、現在の天皇の時代になると、象徴天皇制が定着し、あえて外部の教育者から帝王学を授かる必要がなくなったとも考えられるであろう。けれども、ことはそれほど簡単ではない。