桶狭間の敗戦で一気に没落
大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)の第4話ではいよいよ桶狭間の合戦が描かれる。
永禄3(1560)年5月19日、駿河(静岡県東部、静岡市の周辺)の守護大名・今川義元(大鶴義丹)が、織田信長(小栗旬)の軍勢によって桶狭間(名古屋市緑区有松町桶狭間。愛知県豊明市栄町の二説がある)で討ち取られたのだ。
義元は大軍を率いて織田軍を圧倒していたが、300人くらいの旗本に囲まれ、桶狭間で休憩を取っていた時に信長の襲撃に遭い、討ち死を遂げた。今川軍は大混乱に陥り、数多くの武将が討ち死にした。2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」では今川軍に従軍していた井伊家(幕末の大老・井伊直弼を出した)の当主らが命を落としていた。そして、能役者・野村萬斎が義元を演じた2023年大河ドラマ「どうする家康」で描かれたように、桶狭間の合戦以降、武家の名門・今川家は没落していく。
室町将軍家の子孫だったのに
桶狭間の戦いの直後、義元の子・今川氏真は尾張に出陣しようと試みたが、義元に代わって家臣等に所領を安堵する「代替わり安堵」政務、妻の実家・小田原北条家に対する長尾景虎(上杉謙信)侵攻への援軍派遣などに手間取られた(黒田基樹著『徳川家康と今川氏真』)。その間、支配下にあった三河の徳川家康(松下洸平)が織田信長と同盟を組んで今川家から独立(三州錯乱)。さらに、遠江引間城(のちの浜松城)の飯尾連龍ら国衆が今川家に対して叛旗を翻した(遠州忩劇)。
甲斐(山梨県)の武田信玄(高嶋政伸)は氏真にとって実の叔父にあたるが、その様子を見て、永禄11(1568)年に駿河に侵攻した。今川家重臣は信玄に調略され、武田軍に内応。今川氏真は遠江懸川城(静岡県掛川市)へ逃げ落ちた。室町幕府を興した足利将軍の支流であり、駿河守護を代々務めた名門・今川家が完全に没落してしまったのである。
ここでは、今川家の発祥から滅亡までの歴史をたどっていこう。