稼ぎがない養父たちの「思考停止」

セツは働き者でもあり、早朝から機織り機に就き、夜、床に就くまでに一反を織り上げずにはいなかった――今、松江の小泉八雲記念館にセツの「織見本帳」を見ることができる。稲垣家の二人の男(編集部註:養父・金十郎と養祖父・万右衛門)は、セツの機織り――と養母のトミの縫物――によって生きていたのであり、セツが大阪で身投げを思いとどまった時には、二人の男の命が念頭に上ったのであった。

資料で見る限り、二人の男が酒に浸ったとは思われない。しかし彼らの心事が穏やかである筈もない――とりわけ、セツが洋妾(ラシャメン)の恥と責めを負って、ハーンの独り住居に向かった時には。その時には「寒威」が異常に厳しかったことが、ハーンの手紙にも西田千太郎の日記にも記されている。稲垣家の二人の男の心事は、いわば「異常な状況下での思考停止」にあったとも言えるであろう。