替え玉でなかったと証明はできないが…
そんなたくらみがあった、という描写だけならいい。実際、第46回では治済に事前に察知され、松平定信の配下の者や、治済を町におびき出す役割を負った元大奥女中で家斉の乳母でもあった大崎(映美くらら)が、毒饅頭を食わされて死んだ。
定信らの復讐劇もここまでか、と思われたが、第47回「饅頭こわい」(12月7日放送)で、復讐は成就してしまったのである。
蔦重が、将軍を巻き込めば治済をおびき出せると提案し(町人がそんな案を思いつくだろうか、思いついたとして、町人の案を将軍の孫の元老中が受け入れるだろうか)、実父の悪行に気づいた家斉は策略に乗った。そして、御三卿の清水重好(落合モトキ)の茶の席に親子で出席し、眠り薬を飲まされた挙句、治済は捕獲されて阿波の孤島に送られた。
阿波というのがミソで、前述のように写楽の正体は、阿波徳島藩の能楽師、斎藤十郎兵衛だった。「べらぼう」ではこの斎藤十郎兵衛を治済に瓜二つの人物とし、本物の治済を捕縛したのち、この十郎兵衛を治済の替え玉として一橋家に送り込んだのである。むろん、史実の治済はこの時点から30年以上も存命し、官職も従一位准大臣にまで上り詰めた。もっとも、それが替え玉ではなかったと証明することはできないが。
「水戸黄門」のようになってしまった
脚本家はこれまで時間をかけ、一橋治済が背後で糸を繰って人の命を奪いながら、自分に都合のいい状況を創り上げるのを見せてきた。その伏線的な仕掛けは、この記事の第5位で触れたように、その時点ではわかりにくかったにせよ、最後の最後でこうして一挙に回収された。
その手腕は見事であり、留飲を下げた視聴者も多かったと想像する。筆者も見ていておもしろかった。
だが、やはり考えてしまう。これは歴史ドラマのおもしろさではなく、娯楽的なサスペンスのおもしろさに近く、もっといえば、「水戸黄門」のようなチャンバラ娯楽時代劇のおもしろさである。幕藩体制という巨大な全国支配ネットワークのトップに替え玉が送り込まれ、そのまま機能するという設定ほどのナンセンスはない。
たしかにおもしろかった。だが、大河ドラマとチャンバラ時代劇との境界がきわめて曖昧になってしまった、という感想をどうしても拭うことができないのである。
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。