逆に、男性にとってお金というか年収は「男としての価値」を自他に示す重要な指標です。ここで注目すべきは、貯金額や可処分所得や妻と合わせての世帯年収やいずれ受け継ぐ親の資産ではなく、リアルな年収だけがクローズアップされること。
なぜならば、現時点でいくら稼げるかが「自分はどれぐらい(社会的に)強いか」を代弁してくれるからでしょう。「オレは年収300万円だけれど、妻や親はすごく稼いでるよ。子どももいないので月の小遣いは10万円!」と誇ったところで自分の甲斐性のなさを晒すだけです。「前妻との間に子ども2人、その前の妻とは子ども1人。年収2000万円だけれど大半は養育費に消えていく。だから小遣い3万円。今夜はおごってくれよ~」と嘆くほうが力のアピールになります。
700万円の年収が悔しいキャリア官僚
小中学生の頃は、運動が得意だったりケンカが強かったりするイケメン男子が「スクールカースト」の上位に君臨していました。もちろん、女子からの人気もほぼ独占です。ルックスと肉体的な強さがものをいう動物的な世界ですね。
大人になっても、男性の価値観はあまり変わりません。外見や体力から「稼ぐ力」へとパワーの源泉が移行しただけです。大企業の正社員でも転職を1度や2度は経験するのが当たり前になった近年では、自分の「市場価値」を年収で測る傾向がより強くなっている気がします。
先日、キャリア官僚の男性(30代後半)に年収を聞いたところ、彼は少し悔しそうな顔をして、「700万円だよ。東大の同期で民間企業に行ったヤツに比べると、ずいぶん少ない」と自嘲気味に語っていました。自分の価値はこんなものではない、と示唆したかったのでしょう。彼は官僚の仕事に情熱と自信を持って取り組んでいます。社会的な地位を考えたら、キャリア官僚はまだまだ一目置かれる存在ですよね。それでも、年収を周囲と比較して気後れしてしまう。バカバカしいけれど現実です。男性にも「半径5メートル問題」は該当するのかもしれません。