2月の節分の日に生まれたから、セツという名に
ハーンの没後は「節子」が前面に出ている。チェンバレンのセツ宛日本語書簡の1通(1906)は、「ロンドンにて チヤムブレン出ス 5月廿9 小泉節子様」(池田記念美術館)で結ばれているし、田部隆次の『小泉八雲』(1914)に収められた「思ひ出の記」の著者も、「小泉節子」であった。
なお、「セツ」は「節分の日の生れ」に由来するという(セツ令孫小泉時「妻節子と供たち」『国文学 解釈と鑑賞』所収)。また、娘の頃には「おシェさん」と呼ばれた。「シェ」は「セ」の出雲訛なまりで、ハーンが「シェンシェ」と呼ばれたことに通ずる。
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