6カ条目は「偽悪的に振る舞う」で、実際に橋下さんは「独裁者橋下、ここに誕生せり」「けっこうけだらけだ!」などと自分をおとしめることが多い。それもストーリーの黄金律の「欠落した主人公」に仕立て上げるためなのだ。そして、実際にそういわれると聴衆は、「なんやこいつ、自分のこと、ちゃんとわかっとるやないか」と感じて、信頼を寄せるようになる。

とりわけ偽悪者ぶりが板についていたのが、最近再び脚光を浴びている田中角栄元首相だ。ロッキード事件のあと、「このネクタイ、誰かから貰ったんですけど、ロッキードから貰ったんじゃないですよ!」と演説でかまし、聴衆を爆笑させて自分の懐に取り込んでしまった。それができるのも、「自分を客観視」して聴衆の関心事を察知できるからなのである。名スピーカーたるもの、聴衆だけでなく自分自身にも目を向けていないと、「感動のツボ」を押すことなど到底無理だ。

板についた偽悪者ぶり
田中角栄元首相

「このネクタイ、誰かから貰ったんですけど、ロッキードから貰ったんじゃないですよ!」

(時事通信フォト=写真)

 

次が「聴衆によって言葉遣いや内容を変える」であるが、これは橋下さんに限らず当たり前のことで、ビジネスパーソンも上司と部下、顧客と仕入れ先ではいい方を変えているはず。ただ、誰彼かまわず「タメ口」をきく一部の若手もいるようで、注意すべきポイントとして理解しておきたい。

二者択一で加える心理的な圧迫

8カ条目は「実施する政策が歴史的大事業だと思わせる」。橋下さんは大阪都構想について、「明治維新も1つの地方から、大きな変革が始まったんです」と、歴史的大事業になぞらえたが、自分たちの政策が価値あるものだと、聴衆に感じさせるためだった。

ビジネスでは政策を「商品」「サービス」に、歴史的大事業を「暮らしの転換」に置き換えたらよい。たとえば、ジャパネットたかたの創業者である髙田明さんは、業務用がメーンだったICレコーダーの売り込みで、「うっかり忘れてしまう。私だってよくあることです。そこでICレコーダーに言葉を吹き込んでおくのです」と斬新な提案を行い、高齢者の市場を一気に広げることに成功している。

暮らし大転換の伝道者
髙田明ジャパネットたかた創業者

「うっかり忘れてしまう。(中略)そこでICレコーダーに言葉を吹き込んでおくのです」

(時事通信フォト=写真)

 

そして9カ条目が「聴衆を自分たちの側に巻き込んでいく」で、橋下さんは「この大阪の地から皆さん、いっぺん挑戦しませんか」といったように、問いかけを巧みに使って、聴衆を当事者の立場へ引き込んでいった。また、「このまんま衰退する大阪のまんまでいいのか?現体制がいいのか?新しい体制に移るのか?」といったように、二者択一を迫ったりもしている。人はどちらかを選べといわれれば、その場の雰囲気で選んでしまうもの。ビジネスでも有効な手段になるだろう。

残る1つの10カ条目が「1度チャンスを与えてくださいとお願いする」である。「よろしくお願いします」といった、通りいっぺんの表現を使わないところがミソ。あえてへりくだることで相手を自分より上の立場に置き、プライドをくすぐるわけだ。

結局のところスピーチで最も大切なのは、「聞き手の心に刺さり、いつまでも頭に残るフレーズをつくること」といえる。「崖から飛び降りる覚悟」「大阪都構想」「1000曲をポケットに」しかり。でも「そうはいうが、簡単に思いつくわけがない」という声が聞こえてきそうだ。

フレーズを捻り出すためのコツは、既知の言葉を新しく組み合わせること。まだ記憶に新しいトヨタ自動車のCM「こども店長」だが、「こども」と「店長」は、ありふれていながら、相容れない言葉である。それをあえてドッキングさせたところが新鮮なわけだ。

著名人の名言を、そのまま受け売りするだけでは芸がない。でも、そこに自分なりの経験や考え方を盛り込めば、オリジナルの「自分の言葉」になる。毎日1つでも2つでもいい。考え続けることが遠回りのようであるが、実は聞き手の「感動のツボ」を突く名スピーカーになる近道なのだ。

川上徹也(かわかみ・てつや)
大阪大学卒業後、大手広告代理店勤務を経て、コピーライターとして独立。「ストーリーブランディング」の第一人者で、湘南ストーリーブランディング研究所の代表も務める。『1行バカ売れ』『独裁者の最強スピーチ術』ほか著書多数。
 
(構成=野澤正毅 撮影=市来朋久 写真=時事通信フォト・共同通信イメージズ)
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