大和証券のシンガポール法人WCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)は、かつて閉鎖寸前だった状況から、7人の社員の奮闘で預かり資産1兆円を達成する一大事業に成長した。彼らはどうやって顧客を獲得していったのか。『海を渡った7人の侍 大和証券シンガポールの奇跡』(プレジデント社)を出した野地秩嘉さんが書く――。(第2回/全4回)
大和証券のシンガポール法人WCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)で働く営業員たち
撮影=永見亜弓
大和証券のシンガポール法人WCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)で働く営業員たち

欧米のPBに比べたら、金もなく、人もいない

シンガポールで、日本人移住者の富裕層を顧客にしている大和証券の一部署が急成長している。それが大和証券シンガポールの富裕層向けサービスを行っているWCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)だ。

WCSはかつて鳴かず飛ばずで一時は閉鎖寸前まで行った。

だが、2012年のこと。「最後にひと勝負したい」と当時、海外担当の役員だった岡裕則(現副社長)がある戦略を考えた。それは日本の国内で頑張っている営業マンをシンガポールに派遣すること。WCSが想定する顧客は移住した日本人富裕層だから、英語は得意でなくともいい。それよりも、「おもてなしスピリット」と根性のある営業マンを抜擢したのだった。

シンガポールはアジアの金融の中心地で、富裕層ビジネスを占有していたのは欧米のプライベートバンクだ。移住した日本人の富裕層もまた欧米資本の会社に相談して、資産運用していたのである。

「日本人の資産を取り返す」ために営業マンたちは必死に働いた。欧米のプライベートバンクに比べたら金もなく、人もいない。しかも、英語は得意ではない。彼らは昭和的営業手法とおもてなしスピリットでじりじりと前へ進んでいった。

100本の電話をかけても95人には断られる

まずはシンガポールという国についての基礎知識だ。

ここにある数字はシンガポール日本商工会議所と外務省ホームページによる。

国名:シンガポール共和国
面積:約720平方キロメートル(東京23区622平方キロメートルよりやや大きい)
人口:約564万人
人口の内訳:国民355万人、永住者52万人、外国人156万人
民族:中華系74%、マレー系14%、インド系9%
GDP:3970億米ドル(2021年)
1人当たりGDP(2021年):7万2695米ドル
※日本は3万4064米ドル(2023年12月、内閣府発表)


在留邦人数(在シンガポール日本大使館への在留届数)3万2743名(2022年10月現在)
日系企業数(ジェトロ海外進出日系企業実態調査における調査対象企業数)
1084社・個人(2022年12月現在)※外務省のホームページより

2012年、シンガポールに派遣された山本幸司は半年間、営業したものの顧客はゼロだった。毎日、電話で営業したが、100本の電話をかけても95人には断られた。

そんなある日のこと、ひとりの資産家から相談があった。何度か話す機会があった人だったが、その人自身は大和証券の顧客ではなかった。スイスのプライベートバンクに口座を持つ日本人移住者だったのである。

「山本くん、時間あるかな?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、うちに来てくれる?」