バブル以来の株高や大企業の賃上げが話題になる一方、インフレや円安の進行が景気の懸念材料になるといわれます。ニュースをにぎわす経済現象は身近な景気にどう結びつくのでしょうか。経済評論家の加谷珪一さんが、経済の不思議をやさしく読み解きます。第4回のテーマは、《人口減少》です。
人口が減りGDPも減少、日本は本当に貧しくなるの?
よく知られているように、日本では少子高齢化が進んでおり、今後、国内の人口は急減すると予想されます。これに伴って経済的に貧しくなるのではないかとの懸念をよく耳にしますが、この話は本当なのでしょうか。
人口の絶対値が減少すると、GDP(国内総生産)も小さくなっていきますから、国際社会における影響力という点でマイナスになるのは確かです。人口が多い国は経済規模が大きく、動かすお金や人の量も他国より多くなります。近年、国際社会における中国の影響力が増大していますが、その力の源泉が人口の多さであることは説明するまでもないでしょう。
しかしながら、人口が減っていくと、即、貧しさにつながるのかというとそうではありません。今、説明したのは人口が多いことによるGDPの絶対値ですが、生活の豊かさというのは、GDP全体の数字ではなく、個人がどれだけの金額を稼げるのか、つまり1人当たりのGDPがどれだけ大きいのかによって決まります。
世界で最も豊かな国の一つとして知られているのが、ヨーロッパのルクセンブルクやアジアのシンガポールですが、両国のGDPは小さく、国際社会での存在感はほぼゼロです。しかしながら、1人当たりのGDPが大きいので、両国の国民は日本よりもはるかに豊かな暮らしを享受しています。
ドイツ人の給料が日本人の1.5倍である理由
つまり人口が減ったとしても、1人当たりのGDPを維持すれば、豊な生活が可能となるわけですが、1人当たりのGDPを増やすにはどうすればよいのでしょうか。
GDPというのは、国内企業が生み出した付加価値をすべて足し合わせたものですから、企業の利益を拡大していくことが何よりも重要です。これまで日本企業は、どちらかというと利幅の薄い製品を大量生産して利益の絶対値を得るという、いわゆる薄利多売のビジネスを得意としてきました。しかし、1人当たりのGDPを増やすためには、薄利多売ではなく高付加価値型の経営に転換していく必要があります。
同じものづくりであっても、中国や東南アジアなど、安い製品を大量生産する国々と争うのではなく、付加価値の高い製品を製造することで、企業の収益を拡大していくことが大事なのです。ドイツは日本と並んで世界有数の工業国として知られていますが、同じ仕事をしていても、ドイツ人の賃金は日本人よりも1.5倍以上、高くなっています。
ドイツ人が高い賃金を得られるのは、ドイツ企業が時代に合わせて高付加価値な分野にシフトし、製品価格を維持しているからにほかなりません。一方、過去30年の日本は、付加価値があまり高くない分野の事業ばかり継続し、中国や東南アジアと価格勝負をしてしまったことで、賃金が下がってしまいました。
それだけではありません。同じ期間、日本企業全体の売上高はほとんど伸びていません。それにもかかわらず利益だけは順調に拡大しています。これが何を意味しているのかというと、日本企業が30年間、コスト削減ばかり実施してきたことにほかなりません。コスト削減の対象は当然のことながら人件費にも及んでおり、慢性的な低賃金の原因となっているのです。これでは経済が拡大するはずがありません。
人口減少に負けないためには、量ばかりを追う従来型のビジネスをやめ、質を追求するビジネスに転換する努力が必要です。そのカギを握るのはイノベーションということになるでしょう。
人口は減るが、資本はあり、イノベーションの余地もある日本
経済学的に見て、経済成長を決める要因というのは実は3つしかありません。
1つめは人口、2つめは資本、そして3つめがイノベーションです。この3つの要素のうち、日本は人口が減っていきますから、当該部分においては不利になります。一方、国内には過去の経済活動で蓄積した多くの資本がありますから、お金という点では他国にひけを取りません。そして最も大事なのが3つめのイノベーションです。
今、例にあげた3つの要素のうち、経済成長に最も大きく寄与するのがイノベーションであり、言い換えれば、人口が減っていても、イノベーションさえ活発になれば、1人当たりのGDPを容易に増やすことができます。
イノベーションと聞くと、「日本においてテスラやグーグルのような革新的な企業は簡単には出てこない」といった極端な議論になりがちですが、筆者はそのような突飛な話をしているのではありません。イノベーションというのはもっと地味で現実的なものです。
例えば、日本企業のIT投資は過去30年間横ばいとなっており、3倍以上に拡大している他国とは致命的な差がついています。諸外国では当たり前となっている業務のデジタル化を、ほんの少しでも前に進めれば、その分だけ生産性が向上し、賃金の上昇につながることは、全世界的に証明済みです。
日本では何か新しいことに挑戦しようとすると、皆で足を引っ張ったり、リスクがあるからといって尻込みしたりする傾向が顕著です。みなさんが勤務している企業でも、新しいアイデアが出ると「前例がない」「失敗したらお前、責任取れるのか?」などと責められ、つぶされてしまうという光景を目にしていないでしょうか。こうしたことをやめるだけで、企業の生産性は一気に向上することでしょう。
イノベーションを起こしやすくする簡単な方法
自由闊達でオープンな社風を実現する責任はやはり経営者にあります。
前例踏襲で同じことばかりやっていたのでは経営がうまくいくはずがありません。新しいことにチャレンジせず、内部留保を蓄積してばかりいるような経営者には交代してもらい、もっと積極的で有能な人材をトップに据えることが重要でしょう。
こうした地道な試みを積み重ねていけば、自然とイノベーションが活発になり、私たちの生活は豊かになっていきます。
国内では人口減少の問題を回避するため、単純労働に従事する外国人を受け入れる政策が進んでいます。一部の分野では外国人に頼らざるを得ない面もあるかもしれませんが、全体として見た場合、デジタル化や自動化を積極的に進めていくことで人手不足を解消した方が経済全体への効果が高く、お金も回りやすくなるでしょう。移民を増やすことよりも、自動化やデジタル化を進めることの方が、長期的な経済成長にとってはプラスとなるはずです。