日本卓球界が誇るレジェンド・水谷隼さん。2021年開催の東京オリンピック混合ダブルス金メダル獲得をはじめとした数々の活躍は、今も記憶に新しい。その水谷さんは現役時代から2021年の引退を経て現在に至るまで、個別株を中心に約7年にわたって投資を続けている。投資家としての自分を「自信を持って攻めるタイプ」と評する水谷さんに、投資を始めたきっかけやその魅力について話を聞いた。
世界を転戦する際も飛行機で「四季報」を熟読
投資を始めたのは約7年前です。2016年開催のリオデジャネイロオリンピックの後、ロシアのチームに所属していたときに、チームメイトが投資をしていたんです。海外では、選手同士でお金のことやセカンドキャリアに向けたビジネスの話についてフランクに話す機会が多いんですが、多くの選手が株式だけでなく不動産や仮想通貨などの投資を行っていて、資産をどう運用し、増やしていくかということに強い関心を持っていました。彼らに「君も将来を見据えて、投資をしたほうがいいよ」と勧められたのがきっかけです。
株式投資は、個別株から始めました。最初の頃は、自分がよく買っている商品を販売している会社、使っているレストランなど、親しみのある会社の株から入りました。もちろん、「資産を増やしたい」という目的もありましたが、それよりも、「投資を通じて世の中のことを勉強したい」という気持ちのほうが強かったです。ビジネスに関する興味も持っていたので、多くの企業がしのぎを削っている市場の中で、伸びていく企業と低迷している企業の違いはどこにあるのかを、投資を通じて自分なりに分析したいという気持ちがありました。
投資の勉強は大好きです。だから、世界を転戦する際の飛行機移動中も「会社四季報」を読んでいました。四季報は、初心者にとってはとっつきにくいイメージがあるかもしれませんが、僕の場合は、初めに「将来伸びそうな業種」に見当をつけて、その業種の中で人気のある企業を見ていきます。株式投資をやっていると知らない専門用語がたくさん出てくるので、「勉強しながら場数を踏む」ことを意識していました。実際の取引の中で出てきた用語について調べて、覚えて、次の取引で実践してみる……最初の1、2年はそんな感じでした。
よく投資初心者へのアドバイスとして、「日々の値動きに一喜一憂せず、ほったらかしにしておくのがいい」と言われますが、僕自身は、「毎日しっかり値動きを見て、将来性を感じる銘柄に投資したい」というタイプ。だからマーケットの状況はつねに追いかけていますし、為替もチェックします。
現役時代は、朝9時過ぎには練習が始まるので、その直前、前場(株式市場が開いている営業時間の前半、9時から11時30分までのこと)の取引が始まるタイミングで値動きをチェックするんですけど、メンタルに影響していましたね(笑)。午後の練習は15時スタートで、ほとんどの選手は昼食後に昼寝をするんです。勝っているときは安心して眠れるんですけど、あまり良くないときは昼寝の時間を削ってスマホをいじっていました。引退した今は、基本、株式市場が開いている9時から15時30分までスマホを眺める日々です。
投資に運は関係する。その運とは……
株式投資のどこが好きかと聞かれれば、「すべては自己責任」というところですね。個別株が好きなのも同じ理由です。例えば投資信託は、運用会社のファンドマネジャーなど「他人の判断」が入ってきますよね。でも個別株の場合は、銘柄選びも売買のタイミングもすべて自分自身が判断しますから、たとえ悪い結果になっても、その責任を誰かのせいにはできません。「自分の能力が足りなかったな」「見る目がなかったな」とすべて自分で引き受け、失敗から学んで次の取引につなげることができる。これは、僕自身が長く個人競技の世界で戦ってきたことも影響しているのかもしれません。
投資家としての自分は「自信を持って攻めるタイプ」です。この銘柄を買うと決めたら、様子を見ながら株数を増やすのではなく、まとまった資金を一気に投入します。保有銘柄数も、最初の頃は10~20銘柄持っていたこともありましたが、そこから5銘柄ぐらいに抑えるようになりました。今は、中長期的に保有しながら常に値動きを監視している銘柄があり、それとは別にデイトレードやスキャルピング(数秒、数分単位で小さな売買を繰り返し、利益を重ねていく手法)もやっています。
よく、「投資に運は関係しますか?」って聞かれるんですけど、僕は強く関係していると確信しています。といっても、銘柄選びや値動きに関するものではなく、「心理状態に影響を与えるものと遭遇する運」と言ったらいいでしょうか。
先日も、自分が信じて保有していた銘柄があって、「次の決算までは持っていようかな」と思っていたのに、たまたま目にしたインターネット記事で「この会社は良くない」という解説を読んで、怖くなってポジションを縮小してしまったことがありました。投資にまつわる決断をする際に、他人の言葉に惑わされてはいけないとわかっていてもそうなってしまう。その意味では、僕は運が悪いのかもしれません。僕は昔から「痛い目に遭わないと学ばないタイプ」なので、失敗しても失敗しても、また違う失敗に遭遇するんだろうなと思います。それでも「投資をやめたい」と思ったことは、これまで一度もありません。勉強の日々はまだまだ続きそうです。
投資をテーマに、ラジオパーソナリティにも挑戦
2024年10月から、TBSラジオの「GMOクリック証券 presents水谷隼の投資&ヘルスケア」(毎週火曜日21:00~21:30)という番組が始まり、レギュラーでのラジオパーソナリティに挑戦しています。投資の始め方や金融経済の注目ニュース、最新のマーケット動向などを楽しみながら学ぶことができ、さらに僕のアスリートとしての経験に基づいたヘルスケア情報を紹介しています。
番組スタート時は、為替をテーマとして取り上げました。為替の変動を予見する上では、アメリカの雇用統計とかCPI(消費者物価指数)とか、さまざまな指標をウォッチする必要があるんです。毎週、僕が詳しく知らない専門用語が次々に登場し、そこに専門家による解説が加わるため、すごく刺激的です。
僕は14歳から28歳まで海外リーグでプレーしていたので、給料はすべてドルやユーロで受け取っていました。当時、ドル円のレートは80~110円あたりで推移していたんですが、なぜ80円に下がったのか? なぜ110円に上がったのか? なんて考えたこともありませんでした。ただ、給料を円に換算して「110円だったのに、80円になって損をした」と思っていただけでした。
ところが、投資を始めてみると、実にさまざまな要因で為替が変動していることがわかってくる。それがすごく興味深いですね。現役時代にこの知識を身につけていたら、もっと楽しかっただろうなと思います。投資初心者の方はもちろん、投資歴を積まれた方にも楽しんでいただけるようなハイレベルな内容も織り込んでいますので、番組を通じて、僕もリスナーの皆さんと一緒に学びを深めていきたいです。
ワクワクする毎日、投資が視野を何十倍にも広げてくれた
新NISAのスタートを機に、テレビのニュースやワイドショーでも株式投資の話題が数多く取り上げられるようになりました。政府も「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げて投資を推奨しています。僕自身、投資を始めてから「お金を眠らせておくよりは動かしたほうがいい」というのは実感しています。株式投資は、長い目で見れば確実に勝率が上がる世界。20年くらい投資を継続すると、80%ぐらいの確率で資産が増えるといわれています。PRESIDENT Growth読者の皆さんにも、「無理のない金額で、焦らずコツコツと投資を続けることで、きっといいことがありますよ」と伝えたいですね。
僕自身は、投資をすることでワクワクした日々を送っています。株式投資のおかげで、生活もめちゃくちゃ規則正しくなりました。現役時代は、平日が休みだったら、昼まで寝ているのが当たり前でしたが、今は、株式取引が始まる朝9時前には自然と目が覚めます。
最初は「この企業を応援したい」という気持ちで株を買ってみる。すると、今までは単純に楽しい場所として行っていたレストランでも、投資家目線で、スタッフの態度とか、清掃が行き届いているかとか、いろいろなところに目が届くようになる。また、日々のニュースを見ていても、ある国の情勢が世界のマーケットにどのような影響を及ぼしていくかがわかってくる。投資を始める前に比べて、自分の視野が何十倍にも広がった気がします。あとは、資産が順調に増えてくれたら最高ですね(笑)。
(取材協力=水谷隼 執筆=梅澤 聡 撮影=相澤 正)