経済成長に合わせて通貨を増やす

【井上】せっかくですから、ここで私の主張を述べさせていただきますね。

「経済が成長するのに合わせて通貨の供給量を増やさなければいけない」という考え方を「成長通貨」と言います。経済の規模が大きくなれば、そこで必要とされる通貨の量も増えるので、それに合わせて発行量を増やす必要があるという、ごく常識的な考え方です。経済学の教科書にも時々出てくる言葉ですが、長いこと誰も注目していませんでした。

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一方でマクロ経済学には「貨幣の長期的中立性」という基本命題があります。これは「貨幣を増やしても増やさなくても、長い目で見ると実体経済には影響を与えない」という考え方で、どのマクロ経済学の本にも出てきますが、私は嘘っぱちだと思っています(笑)。

貨幣の中立性は、貨幣残高(世の中に出回っているお金の量)の増減が実質産出量(GDP)や失業率などに影響を与えているかどうかでチェックされ、影響がなければ「中立的である」とされます。貨幣残高の増減が実質産出量の水準に対して長期的な影響を及ぼさないとき、「貨幣の長期中立性が成り立つ」とされるのです。

日銀などは「明治期以降のデータでみるかぎり、わが国の貨幣残高と実質GNPの間では長期中立性が成り立っている」という立場です(『わが国における貨幣の長期中立性について』2004年(※注1))。

誰も議論してこなかった問題

【井上】私は、この貨幣の長期的中立性の命題は成長通貨の考え方と矛盾すると考えています。しかし、これまでほとんど誰もこの問題について議論していませんでした。

2011年に受理された私の博士論文「経済成長と有効需要不足」は「成長通貨は必要である」「貨幣は長期的にも非中立的である」といったことがテーマでした。経済の規模に対して通貨の発行量が少ないと、経済に悪影響を及ぼしてしまう。つまり「貨幣の量は長期的にも経済に影響を与える」という主張です。

お金は経済の血液であって、不足すると貧血になってしまう。子どもが成長して大きくなっているのに血液の量が増えていかなかったら、血が足りなくなりますよ、という話です。自分では当たり前のことを言っているつもりなんですが、今のところ日本で貨幣の長期的な非中立性に踏まえて、成長通貨の必要性を強く訴えている経済学者はたぶん私1人だけです。ですから、井上学派といっていいかもしれません。

撮影=小林久井