「聞いているか」よりも「聞く姿勢」
【勅使川原】疲れたぐらいじゃ駄目なんですよね。「疲れた」って言ったら、すごく怒られたじゃないですか。
【武田】ああ、わかります。「疲れた」って言うと「簡単に言うな」みたいな感じって、ありますね。
【勅使川原】私、冒頭でも言いましたが、元気はつらつ! という感じでは昔からなかったので、声とか目線とかよく注意されていたのですが、歩き方まで言われたことがあって。「覇気がない。女子中学生らしく歩け」と、校門に立たれている先生に怒られたことも(笑)。「子どもらしく」していないといけない。
【武田】私は、小学生のときによく、机に腕を伸ばしてそこに頭をのせてだらっと授業を聞いていて怒られました。
【勅使川原】教科書のかたい角でたたかれるパターン(笑)。
【武田】これは結構、繰り返し怒られましたね。ちゃんと聞いてたんですけどね(笑)。
【勅使川原】聞いているかどうかじゃなくて、「聞く姿勢」が問題なんですね。あるある。なぜこうも全身全霊、全力を求めるんでしょう。
2024年の大ヒット書籍である三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)でも、半身で働けないと書かれていますよね。でも学校で、「半身でいい」だなんて認められた試しがない。
学校の先生も、それぐらい全身全霊で働いているということなのかな。
いつも「全身全霊」では死んでしまう
【武田】全身全霊で働かねば……と頑張ってる・踏ん張ってる先生はきっとたくさんいると思います。全身全霊が悪いとは思わないし、すごいことだなって思うんです。
でも、本来それは、自分が「これを全身全霊で頑張りたい!」と思ったものにすることであって、他人が強いるようなものではないと思うんです。
それに、自ら「これだ!」とコミットしたことであっても、別に常に全身全霊でなくてもいいよなとも思います。
【勅使川原】たしかに。全方位的に全力でやったら死んじゃう。
全身全霊でないと「不真面目」「やる気がない」「手抜き」「要領だけはいい」……これはしんどい価値観の一つですね。ただここまで染み渡った価値観をどこからどう変えればいいのか、いまいちわからずにいる私としては、武田さんのおっしゃる「学校の正しさカード」は、そういうところの改革にもつながっているような気がして、わくわくします。
【武田】そうなったらうれしいですね。
(後編につづく)



