料理はこだわり抜き、教育にも熱心だった母

料理研究家として最前線で活躍し、当時は珍しいワーキングマザーとしてキャリアを重ねていた母ですが、家ではとても教育熱心でした。決して経済的に余裕があったわけではないのですが、子どもたちは3人とも私立に進学。特に、兄には越境させて評判のよい区立中学に通わせ、そこから私立高校に進学させたほどで、家庭教師もつけていました。

時代的なこともあり、兄は母の実家を継ぐために養子縁組していましたから、母にとってはとにかく「特別で大事な存在」。母の言うことをよく聞いて手伝う私は、反抗期らしい反抗期もなく、叱られた記憶もほとんどありません。一方で母に反抗的な妹は、いつも叱られてばかり。同じきょうだいでも母との関係は、三者三様だったと思います。