※本稿は、「TBS日曜劇場『御上先生』特別イベント~作品に込められた教育論と表現論を知る~」(2月8日、カルペ・ディエム主催)とその取材会などでのコメントを構成したものです。
「御上先生」で描かれる日本の教育現場の大きな課題
――工藤さんが学校教育監修をしている「御上先生」に「今、教育に必要なのはバージョンアップじゃなく、リビルドすること」というセリフが出てきます。現在の教育界が抱えている問題にはどんなことがありますか?
【工藤勇一、以下・工藤】端的に言って、日本の学校教育の大きな課題は、子どもたちの「主体性」と「当事者性」が奪われていることです。現在の教育現場は「指導」に重点を置きすぎており、子どもたち自身が学ぶための「支援」の技術が不足しています。本来は「学校教育で何を与えるべきか」という考え方から、「子どもが自分から学ぶ仕組み」へと転換していく必要があります。それが「教育のリビルド」ということです。
「主体性」と「自主性」の違い
――ドラマでは、御上先生(松坂桃李)が生徒たちに「考えて」「考えようか」と言うセリフが繰り返し出てきます。
【工藤】御上先生は深い専門性を持っていながら、生徒に「考えるのは君たち」「何が正しいかは、君たちが自分の生き方として探していくものだ」と伝えます。そこがこれまでの学園ドラマと違うところです。
「自主性」と「主体性」は、一見似ていますが、実は異なります。自主性とは、自ら進んで行動すること。例えば、勉強を進んで行うことも、親や先生の期待を忖度して行う場合があります。「自主性」を伸ばそうとする教育は、高度経済成長期の日本を支えてきました。
しかし、これからの社会に求められるのは、主体性です。主体性は、自分の頭で考え、行動する力。時には、先生に言われたことに疑問を持ち、別の選択をすることも含まれます。
「御上先生」の撮影開始時、主演の松坂桃李さんをはじめ、制作現場の方々に授業形式でこの話をしました。「日本の教育にはこういう課題があると知った上で演技してくれるとうれしいです」と伝えたところ、松坂さんは、「自主性と主体性の違い」を深く理解してくださいました。