「永遠の味方」も「永遠の敵」もいない
他者(他国)との関係という点で言えば、それはつねに変わり得るものであり、「永遠の味方もいなければ、永遠の敵もいない」という認識が浮かび上がってくる。マンダラ的世界観に即して言えば、「隣国」は「敵」であり、「隣国の隣国」は「友邦」と位置づけられる。だからこそ「隣国の隣国」、すなわち「敵の敵」との関係が重要だとカウティリヤは説く。
だが、「隣国」を支配することに成功したとして、新しい局面が生じる。それまで「友邦」だった「隣国の隣国」が今度は「隣国」、すなわち「敵」になり得るのである。
現代の国際環境で国が征服されたり国境が変わったりすることは多くはないので、このような事態が簡単に起こるわけではないだろう。とはいえ、マンダラが固定的ではなくダイナミックに変遷するものであるように、国と国の関係も同様であるという視点は重要だ。信頼や友好は大切だが、緊張感を失うことは禁物なのである。
インテリジェンス外交の6つの選択
そうしたダイナミックかつ重層的なマンダラの中で最良の判断をするために必要なのが、徹底したインテリジェンスの収集と分析・評価、それにもとづく「外交六計」の選択だった。
本書で詳述した「和平」「戦争」「静止」「進軍」「依投」「二重制作」の6つである。
そのいずれが欠けていても、適切な結論を導くことができない。臨機応変な対応が求められるのは平時だけではない。検討の結果、「六計」の中で「戦争」が選択されたとしても、戦況や彼我の力の比較を踏まえながら「進軍」や「静止」、「二重政策」といった他のオプションに転じる余地をつねに残しておくことが大切とされる。
中には「依投」のように第三者への庇護の要請、すなわち亡命を余儀なくされる場合もある。それは苦境であるかもしれないが、戦術的な後退と捉えることによって、再起に向けた可能性を残すことができる。
一か八かの大ばくちに打って出るのではなく、長期的な視座に立ってトータルで事を優位に運ぶことが重要というのがカウティリヤのメッセージだと言える。
1976年、愛知県生まれ。専門は南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治、日印関係史。著書に『モディが変えるインド 台頭するアジア巨大国家の「静かな革命」』(白水社)、『インパールの戦い ほんとうに「愚戦」だったのか』『第三の大国 インドの思考 激突する「一帯一路」と「インド太平洋」』『『RRR』で知るインド近現代史』(すべて文春新書)、『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(ハヤカワ新書)、訳書に『インド外交の流儀 先行き不透明な世界に向けた戦略』(S・ジャイシャンカル著、白水社)など。