怒りのコントロールは古代インドでも重要だった
怒りの感情をコントロールする「アンガーマネジメント」というコンセプトは1970年代にアメリカで心理療法の一環として構築・実践されたものである。日本でもこれについての書籍や情報は多く出ており、すっかり定着した感がある。
時代を問わず、多かれ少なかれ怒りの感情は誰しも抱くものだ。ローマ帝国皇帝ネロの家庭教師を務めたことで知られる哲学者にして政治家のセネカには『怒りについて』という書があることからも、当時から怒りをどうコントロールするかが重要だったことがうかがえる。
古代インドでもそれは変わりがない。カウティリヤが著した『実利論』では不安や猜疑心、裏切りに対する警戒など、さまざまな負の感情に関する言及があるが、「怒り」についてもいくつかの箇所で取り上げられている。とくに第8巻「災禍に関すること」には「人間の悪徳の種類」という章があり、ここで悪徳と怒りの関係について記されている。

「怒りと欲望」どちらがより“悪”か
そこではまず、悪徳には「怒り」から生じるものが3つ(言葉の暴力、財産の侵害、肉体的暴力)、「欲望(享楽)」から生じるものが4つ(狩猟と賭博と女性と飲酒)あると捉えられている(8-3-4、23、38)。その上でカウティリヤは、両者の比較を交えながら、次のように指摘する。
怒りに支配されてしまうと平常心を失い、その結果、冷静な判断ができなくなりがちだ。それが王ともなれば、怒りがもたらすネガティブな影響によって国の行く末をも左右することになりかねない。ここで説かれているように、怒りがさらなる憎悪や敵を作ることになれば、その負の感情が自分、すなわち国に向けられるのだから。