安倍首相が参拝した鎮霊社

これに似たことを経験したことがある。

それは2014年9月のことだった。神道系の団体のシンポジウムに呼ばれ、パネラーをつとめたのだが、そこには梨本隆夫という人物も含まれていた。梨本氏は、一般財団法人梨本宮記念財団の代表理事であった。梨本宮家も、戦後に臣籍降下した旧皇族であり、梨本氏は梨本家に入籍した人物である。

実は、その前年の2013年12月、首相の座に返り咲いた安倍晋三氏が靖国神社に参拝し、アメリカからも苦言を呈された出来事があった。それ以降、安倍氏は首相在任中、靖国神社に参拝することはなかったのだが、参拝したときに、境内にある鎮霊ちんれい社にも参っている。

そのことは、ニュースでもほとんど取り上げられなかったのだが、鎮霊社は、靖国神社第5代の宮司で、A級戦犯の合祀を先送りにしていた筑波藤麿ふじまろ氏が、本殿で祀られていない氏名不詳の戦没者や世界中の戦争犠牲者を祀るために創建したものだった。

国際関係にも影響した進言

なぜ安倍氏は鎮霊社にも参拝したのか。

梨本氏は、シンポジウムの際に、それは自分が安倍氏の昭恵夫人に進言したものだということを強調していた。それによって、首相の靖国神社参拝に反対する周辺諸国に対して、日本の対外戦争を称賛するのではなく、あくまで世界平和を願ってのことだとアピールできるからだというのだ。

安倍首相が参拝した靖国神社の鎮霊社=2013年12月26日午後、東京・九段北
写真提供=共同通信社
安倍首相が参拝した靖国神社の鎮霊社=2013年12月26日午後、東京・九段北

このもくろみは、アメリカからの反発で功を奏さなかったことになる。しかし問題は、昭恵氏が梨本氏のことをどのようにとらえていたかである。旧皇族の末裔の進言としてそのことばを受けとめていたならば、YouTuberをめぐる出来事や有栖川宮詐欺事件よりも、事としては重大である。なにしろ、日本の国際関係にも大きな影響を与えたからである。

島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。