1974年1月の閉山式からわずか3カ月で完全な無人島に

閉山間際の端島小中学校の校庭を空撮した印象的な写真が残っている。「サヨナラハシマ」の人文字。「1973.10」の文字も読める。端島小中学校の全生徒が集合したとか。

閉山前年秋に撮影された、端島小中学校校庭のお別れの人文字
写真=軍艦島デジタルミュージアム
閉山前年秋に撮影された、端島小中学校校庭のお別れの人文字

小中学校の校庭では、盆踊り大会や従業員運動会など、数々の屋外の一大イベントが行われた場所。直線で50mがやっとだったというが、それでも土地の限られた端島の中では随一の広さ。母校としてのみならず、大人になって以降のさまざまな記憶が眠る、島民にとって誰もが思い出深い場所だった。

正式に端島炭鉱が閉山となるのは、1974(昭和49)年1月15日。小中学校の閉校式、保育園の閉園式は、3月31日に行われた。この年まで残っていた島民たちも、1月から4月にかけて次々と島を離れて行った。