初対面の大人の男2人が涙を流す異様な光景
瀬川が一縷の望みを託したのは、信用保証協会だった。信用保証協会が保証人になってくれれば、実績のない零細企業でも、銀行など民間の金融機関からお金を借りられる可能性がある。ただし、当然のことながら厳しい審査がある。
瀬川が審査を申し込むと、数日後、宮本の実家の2階に信用保証協会の職員が現れた。年齢は40代の前半ぐらい。髪を七三に分けた、ぽっちゃりした人物だった。
長テーブルの向こう側から、業務内容などに関する一般的な質問をひと通りされたが、職員氏は保証をつけるか否かの決め手を探しあぐねているようだった。
彼の口から、キラー・ワードが飛び出した。
「会社を作って、どうでしたか?」
瀬川は虚を突かれた。
本音を言えば、後悔の念もあったのだ。日々お金がなくなっていく不安、倒産するのではないかという恐怖を考えると、どう答えるべきか迷った。しかし、瀬川の口から出てきたのは、自分でも意外な言葉だった。
「よかったです」
「何がよかったですか」
「うちは結婚祝いの商品を扱っているわけですが、贈った相手が本当に喜んでくれたというレビューがついたんです。僕はそのレビューを読んで、自分たちの事業が人に喜ばれているんだと思って、それで、なんとか気持ちを支えているんです」
言いながら、なぜか涙が止まらなくなった。
保証協会の職員も涙声になった。
「こんなに真摯に事業と向き合っている社長さんに、久しぶりにお会いしました。お申し込みの300万円、満額の保証ができるよう頑張ります」
感極まる男2人の様子を見ながら妻はガッツポーズ
男ふたりがテーブルをはさんで泣いている様子を、宮本は3階で聞いていた。
「なんかドラマみたいやなーと思いながら、瀬川は本当に一所懸命やっていたので、よっしゃーこれで300万円やで! って思いました(笑)」
1週間後、信用保証協会から電話がかかってきた。
「がんばって、満額通しました」
瀬川は、「人を笑顔にする仕事をしたい」という自分の思いが本物だったからこそ、保証協会の職員の心を動かすことができたのだと、いささか自画自賛気味の分析をするのだが、瀬川の思いが本物だったのは、「IT業界は成果を出してもみんなしんどい」のが真実だったからだろう。
借り入れた300万円を元手に広告を打つとてきめんに効果が現れて、ハモンズの事業はあっけなく黒字化した。2人は安堵の胸をなでおろしたが、この資金難はまだまだ地獄の一丁目に過ぎなかった。