被害者は「補償金をもらって心が癒えたかというと全くNO」

志賀氏らと共に会見に臨んだ長渡康二氏が、「補償金をもらったからといって心が癒えたかというと、全くNOだ」と、「心のメンテナンス」の必要性を訴えていたのは、まさに問題の核心を衝いている。

補償申告で面談した後、精神的な症状が悪化したことや、次々に聞かれて尋問のように感じた人たちがいたことなどを、志賀氏も指摘している。被害体験を話すのは、ただでさえ非常に精神的に負担がかかることだ。補償金を受け取った後、逆に苦しみが増えたという人もいるという。補償内容に同意したのも、長引かせて心が壊れてしまわないようにするためだったという話もある。

表向き補償が進んでいたとしても、それが即ち、被害者の本当の救済を意味するわけではない。

国連作業部会から指摘を受け、スマイル社側も心のケア相談窓口の運用の見直しをしたとサイトで発表しているが、引き続き手厚い配慮をしていくことが必要だろう。

一つ希望があるのは、志賀氏らと共に被害を訴えてきた二本樹顕理氏が、心のケア相談窓口での体験について、肯定的に評価していることだ。「当初はかなり警戒していた」というが、「話をしているだけで気分が楽になる時はあります。安心して話を聞いてもらえる環境って、すごく大切だと思うんです。被害を伝えても決して否定されない空間。心理師さんが繰り返し私に言ってくださるのは『今、あなたが安全なところにいるということだけは覚えておいてほしい』という言葉。大きな安心感を与えてくれます」、と毎日新聞の記事中で語っている。

被害申告した後に命を絶った男性の妻が書いた痛切な手紙

二本樹氏は、妻まで誹謗中傷を受けたため、妻の出身国のアイルランドに移住しなければならなかった。妻はいまだに「日本に行くのが怖い」と話しているという。子供の時にジャニー喜多川氏に性加害を受けたと告発した服部吉次氏の妻である石井くに子氏も、会見で流されたビデオメッセージで、「1年間普通に息ができなかった」と語っている。

会見では、スマイル社に被害申告した後、自死した男性の遺族の手紙も披露された。

「『お願いします、お願いします、これからいい子にして、何でも言うことを聞きます。何でもするので、絶対に助けてください。生きていてください。お願いします』と、手を合わせて泣き叫ぶ子供を見て、このようなつらい経験は、成長の糧になるとは私は思いません」という、心を切り裂くような記述が含まれていた。

心のケアが必要なのは、家族も同じなのだ。

NHKなどテレビ各局やスポンサー企業が、人権デューデリジェンスに基づいてすべきことは、被害者とその家族の心の回復のために、スマイル社がこうした安心できる空間を提供し続けるよう、強く求めることだ。

今のままでは、子供をしっかりと守る社会に、十分向かっているとは言えない。いまだに子供の心を切り裂く社会のままではないのだろうか。それにまた手を貸すようなことは、あってはならない。

柴田 優呼(しばた・ゆうこ)
アカデミック・ジャーナリスト

コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などにも居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。