自分が親の面倒をみる必要が…
私は、産業医としてさまざまな企業で相談を受けていますが、親の介護に関する相談は非常に多いです。
総務省統計局の「令和4年就業構造基本調査」によると、2022年に介護をしながら働いている人は約365万人と、10年前に比べて約74万人増加しています。また、介護や看護が理由で離職した人は10万6000人にのぼりました。
最近もあった、典型的なケースをご紹介しましょう。
東京で働く50代の会社員の男性で、70代の親が地方で一人暮らしをしていました。お盆に帰省したところ、前は、帰省すると張り切ってごちそうを作ったりしてもてなしてくれたのに、今は食事を作るのもおっくうな様子。買い物も面倒になっているのか、外出も減っているようで、家にこもりっぱなしのようです。洗濯も追いついていないのか、夏なのに同じ服を続けて着ています。
階段がつらくなってきたようで、四つんばいになって手を階段につきながら、そろりそろりと上り下りしています。「足が痛い」「腰が痛い」とぼやくことも増えています。「病院に行ったほうがいいよ。リハビリをしてもらったら?」と何度も勧めたのですが、「暑いから」「混んでいるから」などいろいろ理由をつけて、まったく行こうとしません。
受け答えはしっかりしていますが、「いつ東京に帰るんだ?」など、同じことを何度も聞いてきます。家事もちゃんとできていない様子なので、そろそろ介護が必要なのではないかと心配になりました。ただ、だからといって、どうしていいかまったくわかりません。
男性は一人っ子なので、親のことは自分が何とかしなくてはと考えています。「自分が一緒に住んで、親の面倒を見る必要があるのではないか」と、あせりを感じ始めました。
なぜ初手で間違えてしまうのか
ここで多くの人が失敗するのが、いきなり親を自分の家に呼び寄せたり、自分が仕事を辞めて親と同居したりして、自分で親の面倒を見ようとすることです。「自分で何とかしなくては」と、誰かに相談することなく、一人で抱え込んでしまう。しかしそれは、自分のためにも親のためにもなりません。
親の方は、ヘルパーなどの他人が家に入ることに抵抗を示すことが多いので、子どもの方は気持ちを揺さぶられてしまい、「親の最後の望みを優先させよう」と、親孝行の気持ちで「それなら自分が一緒に生活して親の面倒を見よう」と考えてしまいます。
最初から、自分が親の身の回りの世話などの介護を担うことを前提にして考え始めてしまう。初手で間違えてしまうのです。