就活での大喧嘩の顚末
個人面談がリモートでできることを調べた尚美さんは、教授に直接、長男の特性を伝え、テスト範囲を文字で伝えてほしいなど、教授からのサポートを得る方向で動いた。
「これで何とか、卒業まで持ち込めた感じです。大学2年から3年は、留年の危機もあったのですが、何とか、乗り越えることができて」
親としてのサポートは、就活でも重要なことだった。大企業の障害者枠雇用は準備不足で全滅、一般就労枠しかなくなったが、本人がエージェントに勧められるまま、内定を得たのが建築業界の施工管理という仕事だった。
「明らかに、本人に向かない仕事。現場近くに住んで、現場の方の勤怠管理を行うって、彼は自分を扱うだけでも大変なのに、“人を扱う”なんて無理です。でも、本人が自分の強みと弱みが全くわかってなくって自己理解が低くて、迷わず、そこに行こうとしていた。私は猛反対、突き飛ばされるぐらいの勢いで大喧嘩して。大学のキャリアセンターに一緒に行って、難しいと説明してもらって、ようやく理解した。私の言うことだけでは、信用しないので」
新卒で正社員の職に就く
尚美さんは仕事から帰って家事を終えてから毎夜、血眼になってマイナビ、リクナビから、長男が受けられそうな企業を書き出していった。
結果的にそのリストから、長男は内定を得た。飼料会社の正社員として、新卒で生産管理の仕事に就いたのだ。
「就活の『ガクチカ』も、私が手伝うしかなくて、もうフラフラでした。今の仕事は収入は低めなのですが、不得意な営業をしなくて済むし、細々と続けてくれたらいいのかな。職場には障害をカミングアウトしていませんが、すごく人に恵まれていて。上司や工場長、みんながあたたかくて、物を失くすなど、失敗は日常茶飯事なんですが、笑い話で受け止めてくれるそうです。なので、彼に関しては、今は安心だなって思いますね」
障害を告げられ、絶望の淵に追いやられ、涙に暮れた年月から、今ようやく、長男に関しては、やれるだけのことはやれたと尚美さんに悔いは無い。心配は尽きないけれど、少なくとも今は、肩の荷を下ろすことができている。
「不登校か、ひきこもりになる」という呪いから、必死に長男を守ってきた尚美さん。しかし、皮肉なことに、その呪いに囚われたのは次男だった。
(後編へつづく)
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。