「夜、子どもだけにするなんて大丈夫か?」と周囲から非難

しかし、そこから下村さんに難関が待ち構えていた。東京の自宅とケラッタがある長野との二拠点生活が始まるのだが、週3日ほどは子どもだけで暮らすことになったのだ。

なぜなら夫はその時イギリスに単身赴任中、関西在住の両親には頼れない状況だったからだ。

「私がいない間の料理をすべてつくって、長男にご飯だけ炊いてねとお願い、さらにはヘルパーさんも雇って家を出ました。日々の生活はちゃんと回っていくようにしたのですが、子どもたちだけで過ごす夜もあって……」

長男は中学生になりだいぶしっかりしていたが、次男はその当時まだ小学校3年生。母に甘えたい盛りの年頃なので、“荒れた”ことも。

「『○○(次男)の家は、ママがいないらしいよ』と、クラス内に広まり、同級生の親御さんの中でも『○○君、お母さんがいないから荒れるのでは?』と噂になっていることも聞きました。当時、次男のクラスには同じ境遇の方はいなかったので、家に小・中学生の子どもを置いたまま、地方に何日も仕事に行く母親がいるなど、とても信じられなかったのでしょう」

転職当時の子どもの心情を思うと「今でも心が“キュッ”と痛む」と母の顔に
撮影=プレジデントウーマン編集部
転職当時の子どもの心情を思うと「今でも心が“キュッ”と痛む」と母の顔に

仕事は絶対辞めないが子どもが心配で鬱寸前に

P&Gにいたシンガポール時代、一度仕事を辞めようと思ったこともあったが、今度はCEOとして会社の全責任を背負う立場だ。絶対に引き下がれない。しかし次男の心が荒れたことを思うと心苦しくて、鬱寸前の状態だった。

「だから子どもの同級生のママたちにはどうしてこうなったのか、わが家の状況を話し『何かあれば助けてね』と、お願いしました。そうしたら徐々に理解してくれ、私がいないとき、ママ友たちが何かとサポートしてくれるようになりました。今も仲が良くて『最近忙しい? 家は大丈夫?』とたまにSNSで聞かれます。反対にほかのママが忙しい時は、私がサポートをするなど、持ちつ持たれつのいい関係性を築くことができました」

どんなにITツールが発達しようと、人間同士で大事なのはリアルなコミュニケーションだ。

その一方で、次期社長合格となった下村さんは、CEOを引き継いだ。2022年にケラッタのM&Aは完了した。

今はもう1社、東京がベースのバッグ&財布ブランドのCEOを兼務することになり、長野に行くのは2週間に1回のペースになった。そのため、夜子どもたちだけで過ごす日はなくなった。しかし、当時の綱渡りの生活を思うと、今でも心がキュッと痛むこともあるという。