言うことを聞くのは、その場から逃避したいだけ

叱られた子どもは多くの場合、強いネガティブ感情を抱いて防御システムが活性化されます。もう少し厳密に言えば、「叱る」という行為はそのことを狙った関わりなのです。

もし、相手のネガティブ感情を引き起こしたくないなら、そもそも「言い聞かせる」「説明する」などの行為で十分なはずです。それではうまくいかないと感じるからこそ、強い言葉や態度で叱責するのです。

つまり「叱る」という行為の本質は、叱られる人のネガティブ感情による反応を利用することで、相手を思い通りにコントロールしようとする行為なのです。

父親の言葉に耳をふさぐ少年
写真=iStock.com/aquaArts studio
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叱られた子どもの防御システムが活性化されると、戦うか逃げるか、どちらかの行動が起こります。叱る人は権力者なので、逃げることが多くなるでしょう。戦ったところで、勝てないからです。

村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)
村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)

ただし、逃げるといっても人間は高度に社会化された生き物ですので、物理的に走って逃げるわけではありません。そんなことをしても、さらに叱られてしまうだけです。そのため子どもたちはその場を取り繕うために、「言うことを聞く」「謝罪の言葉を述べる」などの方法で逃げます。そしてこのことが、叱る側に「叱ることは有効である」という勘違いを引き起こすのです。

自分が強く叱責することで、目の前の人の行動が変わる。それが単なる逃避行動でしかないことを知らなければ、「叱れば人は学ぶ」と勘違いしても無理のないことでしょう。しかしながらそのとき、叱られた人の前頭前野は活動が低下しています。自分がなぜ叱られているのかを冷静に理解し、今後のために自らの行動を省みることができない状況です。

そのため、子どもたちはまた同じことを繰り返します。学んでいないのだから、当たり前です。そしてまた、叱られることが繰り返されていくのです。

村中 直人(むらなか・なおと)
臨床心理士、公認心理師

1977年、大阪生まれ。公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野での勤務ののち、子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズのある子どもたちと保護者の支援を行う。現在は人の神経学的な多様性(ニューロダイバーシティ)に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動する。『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國書店)、『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房)など、共著・解説書も多数。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理、Neurodiversity at Work 株式会社代表取締役。