夫を亡くした悲しみを抱き続けたが、弱音は吐かなかった

彼女の同僚であった倉田卓次は、こう書いている。倉田は、後に東京高等裁判所の判事になった。現在は公証人である(2011年1月30日逝去)。

「(三淵さんの)お宅に裁判長ともども招かれたことがある。農家の離れふうの建物を借りておられたようだ。とりの水炊きをよばれながら、初めて身の上話を聞かされた。(中略)
(ご主人が)せっかく復員したのに疎開先へ十分な連絡がなく、面会できぬまま、病院で戦病死……といった話だったと記憶する。疎開先はのみが多かった……『わたしはそんな大事な時なにも知らずに大騒ぎで蚤をとっていたのよ』。いつも明るい微笑みを浮かべている頰が、その時だけは、涙に濡れた。判事室では決して見せなかった『妻』としての一面だった」(同書)

筆者「ご主人を亡くされた悲しみを、日常、お母様から感じられましたか」

芳武「いいえ、全く。子供にさびしいなんて、言いませんよ。仕事を持った女性ですから。戦って生きています。弱音は吐きません」

佐賀 千惠美(さが・ちえみ)
弁護士

1952年、熊本県生まれ。1977年、司法試験に合格。1978年、東京大学法学部卒業。最高裁判所司法修習所入所。1980年、東京地方検察庁の検事に任官。1981年、同退官。1986年、京都弁護士会に登録。2001年、京都府地方労働委員会会長に就任、佐賀千惠美法律事務所を開設。著書に著書に『刑事訴訟法 暗記する意義・要件・効果』(早稲田経営出版)、『三淵嘉子・中田正子・久米愛 日本初の女性法律家たち』(日本評論社、2023年)、『三淵嘉子の生涯~人生を羽ばたいた“トラママ”』(内外出版社、2024年)