昔は職場が結婚市場を準備してくれていたが…
【権丈】30歳になるまでに昔は16年、今は8年というのも大切ですが、結婚相手を見つけるのには、そう何年もの時間はかからないですね。要は、毎日の中で時間に余裕があることが大切で、働く時間を短くする社会的な要請が、以前よりも強まっているとは思います。
昔は、企業の人事がお嫁さん候補を採用することを意識していて、いわば企業が、会社の中に結婚市場を準備してくれていたから、会社に長い時間いても配偶者と出会う機会が多かったと思います。今は、企業はそういう意識で採用していないでしょうね。そうなると、企業に長い時間縛り付けられていること自体が、出会いの機会を喪失することにつながります。やはり、労働時間を中心とした働き方改革は重要ですね。
現状をどうみるかは、最終的に政策をどう考えるかに反映されるわけですが、海老原さんと私が考える政策のあり方は、さほど差はないんですよね。そこがおもしろいところで、私は、今の若い人たちが、昔よりも「早婚・早産論」により不幸な選択を強いられているとは見ていないんですよね。なのに、考える政策は似たようなものになる。ご著書の中で提案されている「こども保険」とは言いませんが(笑)、考え方は同じです。
社会が急激に変わろうとする屈折点にいる
【権丈】人類の長い歴史を考えると、最近まで、ジェンダー平等とはほど遠く、男女役割分業が当たり前であった社会が急激に変わろうとする屈折点に、今はあたるんですよね。こうした大きな変化の時代は先を見通すのが難しい。高校生や大学生の女性は、たとえば40、50歳になる頃の社会を想定し、その時に最適になるよう、学校での進路を選択する必要があります。
変化のない定常社会では、そうした動学的選択は必要ありません。親と同じ仕事を自分も継ぐように、目の前の状況に最適な選択をしていればよいのですが、世界ではここ100年、日本では特にここ50年、そんな悠長な時代ではなくなっています。こうした時代では、親子の考え方の対立は起こります。昨年ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディンさんは、ヒラリー・クリントンさんと同じ世代でして、彼女たちの世代は、学生の頃から、母親たちの世代の生き方を否定して違う人生を歩もうと考えていきます。
起こっているそうした急激な変化を先取りしながら政策を行う必要があるのですけどね。
【海老原】そうした屈曲点にあるのにもかかわらず、周囲が昔のままの常識を持っており、そこに軋みが生まれているのだと思っています。女性たちに「30歳までに結婚して子どもを産むべき」という話はその典型でしょう。行政もマスコミも何の疑問も持たず、そうした話を垂れ流しています。こうした矛盾を解きほぐす必要があるのではないでしょうか。
【権丈】私も書いていますが、「もしかすると変わることが最も難しいことは、人々の意識なのかもしれない※1」んですね。でも、いま、それも変わろうとしているのではないかと思っています。
※1「働き続ける」へと激変まっただ中の日本女性たち 娘世代と母世代は大違い、ネックは管理職と意識(東洋経済オンライン)
構成=海老原嗣生、荻野進介
慶應義塾大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学、アムステルダム大学Ph.D(経済学)。アムステルダム大学研究員、亜細亜大学准教授を経て、現在、亜細亜大学理事・経済学部長・教授。公務:仕事と生活の調和推進官民トップ会議構成員、同評価部会部会長、労働政策審議会雇用環境・均等分科会、同労働条件分科会、社会保障審議会児童部会等の委員を歴任。現在は財政制度等審議会財政制度分科会、中央最低賃金審議会等の委員。著書:『ちょっと気になる「働き方」の話』(2019)、『もっと気になる社会保障』(2022、共著)、Balancing Work and Family Life in Japan and Four European Countries(2004)。
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。