最近出生率の回復に成功していたように見えていた国々でも、出生率が低下している。なぜか。亜細亜大学経済学部教授の権丈英子さんは「仕事(ワーク)に比べて生活(ライフ)の魅力が相対的に低下すると、結果として少子化が起きる」という。『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』を上梓した雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんとの対談をお届けしよう――。
花嫁
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「女性が仕事をすると出生率が下がる」のウソ

【海老原】権丈先生がすごいのは、血の通わない経済学の定説に対して、しっかりと反論をして、「より現実に近い」話をして下さるところですね。たとえば、「女性が仕事をすると、出生率は下がる」なんて話が、かつては統計データの分析から語られていました。でも、そんな「常識」が、ある時期から綻びを見せだした。数字しかいじっていないダメな学者は、この変化を説明できませんでしたね。

【権丈】今回海老原さんが、豊富なデータを用いて、女性のキャリアや生き方を応援しようという本をお書きになられたこと、とても嬉しく思っています。「女性が仕事をすると、出生率が下がる」ということについては、必ずしもそうとは言えない、要は制度、政策次第ということを最初にお話ししたいと思います。

女性が働く国のほうが、出生率が高い

【権丈】先進諸国で国際比較をすると、1970年代には女性の労働力率が高い国で、出生率が低い、という負の相関がみられました。今に続く意識は、この時代に作られたとも言えます。ところが、対象とする国を固定して1980年代の関係を見ると、負の相関が崩れ始め、1990年代になると、この関係が逆転しました。

【図表1】女性労働力率と合計特殊出生率の相関関係の推移

その背景には、女性の教育水準が高まり彼女たちの社会進出が先行した国々では、それに対応して、社会も企業も、仕事と育児の両立をしやすい環境を整備するようになったことがありました。制度を整えた国々では出産・育児に伴う機会費用が減少して出生率が回復した一方、女性の社会進出が遅れている国々ではそうした環境整備が不十分であったために、1990年代には、女性の労働力率が高い国のほうが出生率も高くなるという関係になったわけです。

この相関関係の負から正への転換は、日本でも注目されるようになり、少子化と働き方の関連が認識され、仕事と育児の両立支援や、ワーク・ライフ・バランスに力を入れるきっかけになりました。

少数派が3割を超えると組織は変わらざるをえない

【海老原】わかりやすいお話ですね。実際、日本もその通りで、少し遅れますが2000年代に入ると、同じような傾向が見て取れます。1990年代は女性の社会参加が、パートタイマーや一般職など、習熟が容易で、誰かが辞めてもすぐ補充が利く、という領域で進みました。これだと企業や国は本気で、「両立支援策」を考えません。ところが、女性の大学進学率が急上昇し、彼女らが総合職として就職して、熟練を積んで腕を磨くと、そう簡単に「代わりの人材」が見つからなくなっていきます。企業としては辞めてもらっては困る。そこで、女性が辞めないための制度を整備し、就業環境を整えてきた。まさにおっしゃる通りでしょう。

1989年と2022年を比較すると、大卒正社員に占める女性の比率の激増がわかります。従業員1000名以上の大企業に絞っても、30歳から34歳の女性は1989年は5.1%しかいなかったものが、2022年は36.2%まで増えています。

【図表2】各年代での大卒・正社員に占める女性比率が上昇

ロザベス・モス・カンターという社会学者が、「集団における少数派が全体の30%を超えると、組織は変わらざるを得ない」と分析していますが、まさにそうした時期が2010年代後半にきたのでしょう。

役職者の女性比率を見ても同様です。1985年には女性の係長、課長比率が、5.1%、1.61%、だったものが、2022年には、32.3%、16.8%と、こちらも長足の進歩です。

企業はもう女性を手放せません。結婚しても就業し続ける女性の割合が正社員だと79.8%、出産後も辞めない女性正社員が91.3%もいる時代になっています。

【図表3】役職者に占める女性比率

上がっていた出生率が再度下がり始めた理由

【海老原】ところが、女性の社会進出と歩調を合わせて上昇してきた出生率が、ここ数年、再度、下がりだしています。2005年に1.26だった出生率は2015年に1.45まで回復した後、下がり始め、2022年には再び1.26になってしまいました。これについてはどうお考えですか。

【図表4】合計特殊出生率は上昇ののち、下降しはじめた

【権丈】まずは先ほど海老原さんの示された、大卒正社員の女性比率のデータは、日本の職場における女性たちの大きな変化がよくわかり非常に興味深いですね。また、女性管理職が今後増加していくとの見込みも、その通りだろうと期待しています。

先ほど、国際比較データにおいて、女性の労働力率と出生率の間に正の相関がみられるようになったと話をしました。といってもこれは相関であって、因果関係ではありません。女性の労働力率と出生率の関係の背景には、隠れた変数である、仕事と育児がトレードオフにならないような社会の仕組みになっているかどうか、ワークとライフのバランスの問題を考えることがポイントになります。

仕事の魅力が上がり、出産育児の魅力が下がった

【権丈】日本でも、ジェンダー平等や職場における女性活躍推進が進み、仕事(ワーク)の魅力がアップしてきているといえます。そうすると、ほかの事情が一定の場合、出産・育児などで仕事を辞めることの機会費用が高まります。

機会費用は、結婚・出産・育児のため就業していなかった期間の逸失所得と、②就業を継続した場合と(結婚・出産・育児のため)退職し再就職した場合の所得差を、足し合わせたものです。機会費用が大きくなると、仕事に比べて、生活(ライフ)の魅力が相対的に低下します。結果として、それが少子化という現象になって現われるというわけです。

若い人たちにとっては、目の前にある環境の中で合理的な選択をしているのですが、それを社会は、未婚化、少子化と問題視している。社会からみれば「合成の誤謬」に見えるわけです。だから、社会が、ワークに対するライフの魅力を底上げするよう、若い世代に社会的支援を行おうとしている。そういうことが今展開されていると考えています。少子化対策という言葉を使う人もいますが、若い人たちに対して、ちょっと失礼ですね。

空を見上げる女性
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30代以降の未婚が爆上がりした原因

【海老原】私の見方は、少々異なります。子どもを産んでも働ける制度が整ったため、結婚した女性は子どもをしっかり産むようになった。この傾向は今も続いています。ところが、です。そもそも結婚をしない人が増えている。それが問題だと思うのです。

国立社会保障・人口問題研究所の岩澤美穂さんが分析されているのですが、既婚女性の出生行動を見ると、ベビーブーム世代の1972年も今も、違いはほとんど見られません。出生率の減少は、結婚しない人が増えたことと、結婚した人も晩婚化で出生行動のスタートが遅れることが問題だ、と分析されています。つまり、未婚・晩婚が主因ということになるでしょう。

ではなぜ、未婚・晩婚が進んだのでしょうか? 実は、政府も識者も2003年あたりから「子どもは早く産むべき」という声を盛んに上げて、若い人たちに啓蒙し続けてきました。それが功を奏して、「最初の子どもは女性が20代のうち」と考える割合は、2015年の時点ですでに、独身男性75.3%、独身女性は80.1%と高率になっている。

ところが、女性の初婚・初産年齢は上がり続け、未婚率も上昇の一途です。2020年現在、30歳から34歳の女性の未婚率は38.5%、実に4割に近くなっています。

【図表5】「早く産め」論から20年、効果は「未婚率の上昇」に帰結

私は、この「早く産むべき」論が、ある面、逆効果になっていると思えて仕方がないのです。30歳を過ぎた未婚女性は「子どもを諦め」、一方、男性は「三十路の女性はやめたほうがいい」と思うようになるでしょう。結果、30代以降の未婚率が爆上がりするわけです。

女性の就業環境は大きく改善した

【権丈】結婚しない人が増えたことはそうですが、昔と比べて今の時代、結婚しなくても普通に生きていくことができる環境になってきていますよね。海老原さんは、昔に比べ、日本の女性が追い立てられるように生きざるを得ず、不幸になっていると考えられているように思いますが、私は、あまりそう思わないんですよ。

その昔をもう少し幅広い視野で振り返ってみると、1世紀、半世紀ほど前は、多くの女性は結婚して、子どもを持たなければ、経済的に高齢期を含めて相応の人生を全うすることができませんでした。しかし、今は、高齢期の生活費を社会化した社会保障制度も整い、男女とも結婚しないでいることへの有言・無言の社会的な圧力も弱まり、既婚であることと社会的信用を関係づけて見る人もほとんどいなくなっているように思えます。

海老原さんも書かれているように、女性の結婚年齢について、24、25歳を過ぎたら売れ残りというクリスマスケーキ説がありましたが、今ではそんなことをいう人もいなくなりました。多くの女性にとって、かつてと比べて、人生の選択肢と可能性が広がっているのではないかと思います。

クリスマスケーキ
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昔は仕事と比べようがないくらい結婚の価値が高かった

【権丈】女性が学校卒業後、結婚、出産とキャリア形成を同時に考える必要が高まり、忙しくなっているとは言えるでしょうが、彼女たちは、母親や祖母たちの世代ほどには、何歳までに結婚、出産しなければならないという制約をあまり意識していないのではないかと思います。「早婚・早産」論が女性を不当に追い詰めているという人もいますが、実際はそれほどでもないのではないかとも思っています。

1985年に男女雇用機会均等法が制定されました。その制定にあたり、赤松良子さんをはじめ、当時の労働省官僚の面々がいかに奮闘したかを描いたNHKの「プロジェクトX 女たちの10年戦争『男女雇用機会均等法』誕生」のなかに、以下のようなナレーションがありました。

いわく「経済界は(男女平等を定める)法律制定に反対と表明した。『結婚や出産ですぐ辞める女を男と同じには扱えない』」「採用を調べた。4年制大学の女性の就職はほとんどなかった。わずかな募集には容姿端麗などの条件がついていた」「ある財界の大物は言い切った。『だいたい女に選挙権などやるから歯止めがなくなっていけませんなぁ。差別があるから企業が成り立っているんですよ』」。こういう社会で生きていた当時の女性は、結婚に対してもっと切羽詰まっていたのではないかと思います。当時は、ワークとは比べようもなく、結婚というライフイベントの価値が高かった。

家事は家電がやってくれる…男性にとっても結婚の価値は低下

【権丈】もうひとつ、男女の両方の選択に与える要因として、家事労働のイノベーションがあります。家庭用電化製品の電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気掃除機、電子レンジ……これらの登場と普及が、家事労働をいかに軽減させたか。こうした製品がなかったときは、家事労働はかなりの時間と労力を要する重労働であったわけです。それが、今はまったく違う状況になっていて、女性だけでなく男性のほうから見ても、結婚というライフイベントの価値は低くなっているのではないでしょうか。

家電
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30代前半未婚女性の4割が性体験なし

【海老原】女性が解放・平等化されたというのは大いに納得できます。が、だから「好き好んで」独身でいるとは思えないのです。昨今の調査を見てみるとよくわかります。30代未婚女性のうち「独身でいい」は2割で、7割強は「いつか結婚したい」と考えていますから。ちょっと下世話な話ですが、30代前半未婚女性の4割が性体験を持たず、現在彼氏がいない人が4人に3人、同棲経験ありは9人に1人、現在同棲中は1%ですもの。つまり「恋愛も同棲も色々経験したけど独身がいい」というのではなく、「そもそも出会う機会も付き合いも少ない」というのが現実でしょう。

確かに現在は、自由・平等です。でも、女性は大いに忙しくもなりました。戦前は就学期間が短く14歳で社会に出た。30歳までに16年もありました。昭和の頃は高卒が主で、18歳で社会に出たから、30歳までに12年ありました。現在は、女性でも四大卒が主流となり、30歳までの期間はたった8年。しかも、社会に出たら男性と同等に仕事を覚えて出世競争となる。こんな環境なのに、30歳になると「もう出産は厳しい」「賞味期限切れ」と言われるんだから、未婚率が上がるのもむべなるかな、でしょう。

【図表6】昔ほど、30歳までの余裕がない!

昔は職場が結婚市場を準備してくれていたが…

【権丈】30歳になるまでに昔は16年、今は8年というのも大切ですが、結婚相手を見つけるのには、そう何年もの時間はかからないですね。要は、毎日の中で時間に余裕があることが大切で、働く時間を短くする社会的な要請が、以前よりも強まっているとは思います。

昔は、企業の人事がお嫁さん候補を採用することを意識していて、いわば企業が、会社の中に結婚市場を準備してくれていたから、会社に長い時間いても配偶者と出会う機会が多かったと思います。今は、企業はそういう意識で採用していないでしょうね。そうなると、企業に長い時間縛り付けられていること自体が、出会いの機会を喪失することにつながります。やはり、労働時間を中心とした働き方改革は重要ですね。

現状をどうみるかは、最終的に政策をどう考えるかに反映されるわけですが、海老原さんと私が考える政策のあり方は、さほど差はないんですよね。そこがおもしろいところで、私は、今の若い人たちが、昔よりも「早婚・早産論」により不幸な選択を強いられているとは見ていないんですよね。なのに、考える政策は似たようなものになる。ご著書の中で提案されている「こども保険」とは言いませんが(笑)、考え方は同じです。

社会が急激に変わろうとする屈折点にいる

【権丈】人類の長い歴史を考えると、最近まで、ジェンダー平等とはほど遠く、男女役割分業が当たり前であった社会が急激に変わろうとする屈折点に、今はあたるんですよね。こうした大きな変化の時代は先を見通すのが難しい。高校生や大学生の女性は、たとえば40、50歳になる頃の社会を想定し、その時に最適になるよう、学校での進路を選択する必要があります。

海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)
海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)

変化のない定常社会では、そうした動学的選択は必要ありません。親と同じ仕事を自分も継ぐように、目の前の状況に最適な選択をしていればよいのですが、世界ではここ100年、日本では特にここ50年、そんな悠長な時代ではなくなっています。こうした時代では、親子の考え方の対立は起こります。昨年ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディンさんは、ヒラリー・クリントンさんと同じ世代でして、彼女たちの世代は、学生の頃から、母親たちの世代の生き方を否定して違う人生を歩もうと考えていきます。

起こっているそうした急激な変化を先取りしながら政策を行う必要があるのですけどね。

【海老原】そうした屈曲点にあるのにもかかわらず、周囲が昔のままの常識を持っており、そこに軋みが生まれているのだと思っています。女性たちに「30歳までに結婚して子どもを産むべき」という話はその典型でしょう。行政もマスコミも何の疑問も持たず、そうした話を垂れ流しています。こうした矛盾を解きほぐす必要があるのではないでしょうか。

【権丈】私も書いていますが、「もしかすると変わることが最も難しいことは、人々の意識なのかもしれない※1」んですね。でも、いま、それも変わろうとしているのではないかと思っています。

※1「働き続ける」へと激変まっただ中の日本女性たち 娘世代と母世代は大違い、ネックは管理職と意識(東洋経済オンライン)