何十億の投資を回収できず、後世に商品も残せなかった
その後本社マーケティング部で14年間商品開発に携わる。数え切れないほどの既存ブランドや新規商品の開発を担当した。
「思えば、たくさん担当しましたね。『ワインスプリッツァ』『ドライリッキー』『カリブーン』『旅する氷結』などのRTD、『チルドビール』や『まっこい梅酒』などです。でも、今でも残っているのは梅酒だけ。ビールやRTDなど、成熟した市場は他社との競争が熾烈で、カテゴリーで売り上げナンバーワンにならないと生き残りが難しいんです」
RTDとは「Ready To Drink」の略で、開栓後にそのまますぐ飲める低アルコール飲料のこと。缶チューハイやカクテル、ハイボールを指す。
「特にカリブーンはCMが斬新で、攻めた仕上がりでした。今まで真面目一本でつくってきたキリンのモノづくりの中ではチャレンジングだと評価されて、ネットでも話題になったのです。でも、イベントを仕掛けても、なかなか売れなかったですね。『情緒的すぎて、どんなお酒かわからない』というのが敗因だったと思います」
キリンのRTDではロングセラーのチューハイ「氷結」がある。氷結に関わったリーダーは「一番搾り」や「淡麗」も生み出した伝説のマーケター。自分との力の差を、井本さんは冷静に分析する。
「大先輩と比べると、大きく市場を俯瞰してお客様の動きやニーズを把握することができなかった。1つの商品の開発には何億ものお金が投下されますが、私は何十億も回収できなかったことになります。失敗ではないにしても、キリンじゃなかったらクビか左遷になっていたかもしれません。後に残る商品を生んで会社に貢献できなかったのは、本当に悔やまれます」と井本さんは反省する。
2001年に発売された氷結は、営業も含めて全社を挙げてキャンペーンを行った。各地の酒店の入り口に氷結の缶を山のように積み上げ、シンボルカラーの青で埋めつくしたそうだ。「キリンの初動のアクションってすごいんです。でも、そこまでしないとカテゴリーナンバーワンになるのが難しいんです。自分はそこまでたどりつけませんでしたが、新しいことにチャレンジできたし、アイデア出しや実行力を鍛えたくれたマーケ時代に感謝します」