鎌倉時代以降、武家は分割相続から長子単独相続へ

ついでに言及しておくと、先述の通り、鎌倉時代は分割相続が一般的だった。よく知られているように、鎌倉武士の収入基盤は所領(土地)である。なので、鎌倉末期になると所領が零細化し、武士が総じて窮乏していく。その頃、徳政令(借金を棒引きする法令)が再三出されるのは、そうした背景があったからである。

その反省からか、室町時代になると長子単独相続が一般的となる。より直接的な動機は、南北朝時代が到来することによる戦乱の頻発であろう。原則として、合戦は兵力の多寡で勝負が決まる。勝つには、より多くの兵力を集めるしかない。そうとなれば、一族で結集し、族長に勝負を委ねることが合理的だ。

かくして、武家社会は分割相続から長子単独相続へと変遷していく。ただし、長子単独相続にもデメリットがあって、家督を継ぐか否かでは天と地も待遇が異なる。そこで、どこの家でも家督相続争いが勃発。1467年にその集大成ともいうべき応仁・文明の乱が起き、戦国時代に突入。そして、「どうする家康」の時代になるのである。

菊地 浩之(きくち・ひろゆき)
経営史学者・系図研究者

1963年北海道生まれ。國學院大學経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。専門は企業集団、企業系列の研究。2005~06年、明治学院大学経済学部非常勤講師を兼務。06年、國學院大學博士(経済学)号を取得。著書に『企業集団の形成と解体』(日本経済評論社)、『日本の地方財閥30家』(平凡社新書)、『最新版 日本の15大財閥』『織田家臣団の系図』『豊臣家臣団の系図』『徳川家臣団の系図』(角川新書)、『三菱グループの研究』(洋泉社歴史新書)など多数。