あこがれの東京に出てきて歌舞伎町のホストを頼った

ユズにとって札幌は、高校を出るまで大都会だった。たまに何時間もかけて遊びに行き、地元にない服屋をのぞき、人の多さに圧倒された。その札幌すら、少し物足りなくなっていた。一度は実家に戻ったが、街の小ささにため息をついた。ある日、「もっと大きな街に行きたい」と親に伝えた。その頃には、ホストなら東京の歌舞伎町が一番らしいと知っていた。

東京に来たのは、2019年の年末も押し迫り、街のあちこちに門松が置かれ始めた頃だった。荷物は、数日分の着替えを入れたキャリーケース一つだけ。向かった先は、新宿駅から私鉄に乗って数駅のところにある1軒のアパートだった。ここでもユズはホストを頼った。札幌にいたときにツイッターで知り合った。東京への憧れを見透かされたかのように、「こっち(東京)に来なよ」と何度も誘われていた。

歌舞伎町にあるホストクラブの宣伝用パネル
撮影=プレジデントオンライン編集部
※写真はイメージです

ホストの家はワンルームのアパートだった。部屋の隅には、食べ終わったコンビニ弁当やカップの容器が転がっていた。転がり込んで3日目、「これから女が来るから」と言われた。上京して訪ねるまでは愛想がよかったのに、泊めてもらったその日、態度は一変していた。初めて会って、がっかりしたのだと思った。

歌舞伎町のネットカフェの狭い個室で寝泊まりし体を売る

「はいはい、出て行けばいいんでしょ」。心の内でそうつぶやき、キャリーケースを引いて外に出た。といっても行く当てはなく、歌舞伎町に向かった。「結局、そいつの店には行かなかった。行く間もなく部屋から追い出されたから。それからはネカフェかな。札幌ではちょっとだけアパートに住んだけど、東京に来てからはずっとネカフェ。誰かの家に何日かいることもあったけど、結局はひとんちだし。誰かとずっと一緒にいるの苦手なんだよね。気が合えばまだいいけど……」。

春増翔太『ルポ 歌舞伎町の路上売春』(ちくま新書)
春増翔太『ルポ 歌舞伎町の路上売春』(ちくま新書)

歌舞伎町周辺には、歩いて行ける範囲でインターネットカフェが10軒以上ある。大抵は24時間パックや長期滞在が可能なプランが用意されていて、宿泊できる。上京して以降、ユズはそうしたネカフェを転々とした。ホストクラブにも通った。手っ取り早く稼ぐために、札幌のときと同じように体を売った。在籍できる風俗店を探し、誰かから教えてもらって路上売春を始めた。文字通り、その日暮らしだった。

ユズは「V(ビジュアル)系」と言われるバンドが好きだ。おとなしめのV系ファッションで、私が出会ってからも、髪の色を時々赤く染め、黒い服を好んで着ていた。「面食い」ではないと自分では言う。「格好いい人とどうにかなりたいわけじゃないんだよね。イケメンと飲むのは好きだけど、付き合えるとか別に思ってないし」。歌舞伎町でもホストに入れ込み、しばしばそのホストはバンドマンだった。

春増 翔太(はるまし・しょうた)
毎日新聞社会部記者

1984年神奈川県生まれ。植物学を専攻していた大学院を中退し、2009年に毎日新聞入社。甲府支局、盛岡支局、社会部、神戸支局を経て、21年から再び社会部に所属。各地で警察を担当し、事件・事故取材に携わった。岩手や神戸では東日本大震災と阪神大震災後の被災地を、社会部では東京パラリンピックのほか、コロナ禍で陰謀論に陥った人やその家族、闇バイトに手を染めて捕まった若者を追った。