ヒトにもミツバチのような生殖的分業が起こるかも

まとめると、一番の問題は、男女が仲良くなる場、そしてパートナーとして認識する機会が減っていることのようです。以前は、若い人は誰かと付き合うのが当然のような雰囲気でした。出会いや戯れ合う場が日常的に多かったのだと思います。それらは、自然に告白したりされたりの機会を増やします。異性の存在がSNSやネット越しではなく、物理的に身近になることが大切なのだと思います。つまり、だんだん人と人との物理的な「距離」が遠くなってしまったのです。

小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)
小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)

ご存じのように、コロナ禍もその傾向に拍車をかけました。ザトウクジラを見習って、健全に、オープンに出会いや恋愛を楽しむような雰囲気および「場」を作る仕組みが必要かもしれないですね。

婚姻率の低下は、人の「社会的」には大きな問題ですが、「生物学的」には特に驚くほどのことはありません。生物は進化によって作られました。今この時点でも「変化と選択」が起こっているだけです。ヒトはやがて女王バチだけが卵を産むミツバチのように、生殖的分業が起こり、産む個体と産まない個体に分かれる可能性があるのかもしれませんね。

現在でも、婚姻の高齢化が一因で自然妊娠が難しくなったり、原因はよくわかりませんが男性の精子の数が減ってきている現実があります。社会の制度の問題だけではなく、肉体的にも産めない、産ませられないヒトがますます増えてくる可能性もあります。加えて、そもそも先ほどの話のように異性に興味がない人も増えてきています。これが進化の過程の「変化」ということになります。

ソファでくつろぐ男女
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

現代社会の仕組みは人にとって不都合なものになっている

そして「選択」ですが、ヒトという種が生き残るなら、「産みたいヒト、産んでもらいたいヒト」に頑張ってもらうしかありません。もしもこの状態が続くと、前述の通りミツバチのような「昆虫化」につながります。「産むヒト」は、女王バチのようにかなり頑張って産んでもらわないといけないかもしれません。「産まないヒト」は、働きバチのように産むヒトを支えることになります。

もう一つの選択は、残念なことに人類の絶滅です。ずいぶん先の未来ですが、これはあり得ることです。

ちょっと怖い感じがする未来で、私たちの多くが夢に描いている「幸せな未来」とも違うように思いますが、今のところは、そちらの方向に向かっています。科学技術が進歩し、生活が便利になったように見えても、実は生活は以前にも増して慌ただしくなり、仕事以外のことをする余裕が少なくなっています。

小林 武彦(こばやし・たけひこ)
東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野)

1963年、神奈川県生まれ。東京大学定量生命科学研究所教授、日本学術会議会員。九州大学大学院修了(理学博士)、基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て現職。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合代表を歴任。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』(ともに講談社現代新書)、『寿命はなぜ決まっているのか 長生き遺伝子のヒミツ』(岩波ジュニア新書)などがある。