仕事や家族のトラブルで頭がいっぱいになったとき、どうすれば心を落ち着けられるのか。陶芸家で経営者のSHOWKOさんは「出さない手紙を書いてみるといい。自分の感情を見つめて言葉にすることで、自分の気持ちを知り、理解しやすくなる」という――。

※本稿は、SHOWKO『私らしい言葉で話す 自分の軸に自身を持つために』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

ノートに女性の手を書くクローズアップ
写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat
※写真はイメージです

「土のもり」「筆のもり」という言い方

私が取材を受けると、仕事柄、よく訊かれる質問があります。

それは、「土や道具と、どのように対話していますか?」という質問です。

インタビューなどで聞くフレーズですが、とてもよい質問だと思います。本来、対話とは二者の間で相互に行われるものです。しかし、感情を持たない土や道具との対話とはどういうものなのか。改めて考えさせられるからです。

陶芸ではよく「土のもり」や「筆のもり」という言い方をします。

「もり」とは、子守りのことで、世話を焼くという意味で使われます。つまり、土や、筆といった道具を、使いやすくベストな状態に日々整え続けるということです。

土のもりなら、土が乾きすぎたり、どこか一部だけが乾燥したりしないよう、ひっくり返したり、ビニール袋をかぶせたり、置く場所を変えたりします。釉薬のもりなら、釉薬の水分が蒸発して濃くなりすぎないように管理する。また、筆のもりなら、筆の毛並みを揃え、書きやすいように保つ。そうした一連のお世話のことを指します。

器を通して自分と対峙している

このように、丁寧に道具と接し、その変化を見続けていくことで、だんだんと道具に対する「愛着」が湧いてきます。最初は他と同じ筆であっても、使ううちに少しずつ特有の癖が出てきて、唯一のものに育っていきます。もし誰かが私の筆を他の筆にすり替えれば、私は間違いなく気がつきます。

土や道具との対話とは、こうした日々を重ねて、対象を「特別のものにしていく」過程です。そしてこれは、人との対話でもやはり同じことが言えるのではないでしょうか。

また、当然ですが、土や道具にいくら語りかけても返事はありません。しかし、「語らないもの」と接しているときも、そこにはいつも関係が生まれます。料理の道具、パソコン、毎日使うマグカップだって同じです。自分と道具との関係は、日々育まれています。

私はあるとき、語り返してこない器に対峙することは、器を通して自分と対峙することだと気がつきました。華道家の友人はよく「花が曲がりたいように曲がらせてあげる」と言います。ここでも自然物を通して、自己との対話がなされています。

最近では、メディテーションの一つとしてものづくりをされる方も多いと聞きます。私が不定期に開催している絵付けのワークショップでも、終わったあとに「とてもスッキリした」「座禅をしたあとみたい」という声をいただくことがあります。語らぬものと対峙するうちに、より深い自分に気がつくことができるのかもしれません。

自分との向き合い方、自分との対話の仕方、自分を知る技術について考えていきましょう。