「音楽の根源的な役割は、鎮魂なのではないか」
最後に。私からあなたに薦めたい坂本龍一の1曲は、やはり『戦場のメリークリスマス』メインテーマである。坂本の、東京藝術大学で学んだクラシカルなハーモニーを自在に操る点を評する人は多いが(坂本の遠い後輩に当たる藝大作曲科の現役学生は、ドビュッシーやラヴェルなどフランス印象派由来の、四度堆積和音の多用を指摘していた)、私にとってはまず第一に、坂本はメロディストだった。アンサンブル全体を牽引する特権的な単旋律。その特別さを思い知り、そして実現できていることは、藝大作曲科出身者としてはむしろ珍しいとさえ言いうるかもしれない。
戦メリの「レミレラレ」よりも記憶されるメロディを書いた作曲家を誰が挙げられようか。だからこそこの曲は、世代を、階層を、国境を超え、時間的にも空間的にも広く聴かれつづける。これからも。
坂本の活動については、ほぼすべての時代における記録が残っている。戦メリの録音も、公開されているだけでもたくさんのバージョンがある。1986年発表『メディア・バーン・ライブ』収録版の、テンポの速さ、打鍵の強さ、若さ。2022年12月11日に公開された、「最後のコンサートになるかもしれない」という覚悟のもとに弾かれた演奏の、厳粛さと潔さ。
願わくばあなたにも、この1曲が作家のおよそ40年にわたる進化=老いを担ってきたさまを、複数の演奏から聴き取ってほしい。拙著『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』の終盤で引用した坂本の発言をいま、坂本龍一に送り返したいと思う。
「音楽の根源的な役割は、鎮魂なのではないか」
芸術は長く、人生は短い。だから、坂本の音楽は、長い。
坂本龍一さん、本当にありがとうございました。
ボカロP、音楽評論家。2016年より東京大学教養学部非常勤講師、17年より東京大学先端研連携研究員、23年より東京藝術大学音楽学部非常勤講師を務める。本業は「若者をあなどらない業」。LGBTQ、障害当事者、若者などマイノリティの味方をするアライ。東京大学での講義「ボーカロイド音楽論」(通称「#東大ぱてゼミ」)とその書籍版『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(文藝春秋)で注目を集めている。