まるで「ログインしていないスマートフォン」

トラウマを負った人の多くは行動力があり、活発にいろいろなことに取り組んでいるために、まさか「自分がない」、などとは思いもしません。「自分はそんなことはない」「自己の喪失なんていう実感はない」とか、「自分は自分で考えて行動もしてきたし、いろいろと取り組んできた。主体、自分がないなんてことはないだろう」と思われるかもしれません。

しかし、哲学や文学などのテーマにもなってきたように、本当に自分が自分そのものであるかはなかなか難しいものです。他者の期待や役割をこなすことが自分であると勘違いしたままということも珍しくありません。多くの場合、様々な症状や生きづらさに悩んだり、年齢が上がるにつれて環境の変化にも直面し、濃淡はありますが、よく考えれば自分がないことに気づくようになります。

私はそうした状況を「電器店にある見本のスマートフォンみたい」と表現します。物理的には動くけれども、自分のIDではログインしていない。自分の身体はあるし、行動はしているけれど、そこに自分がない、自分のものではない。本当の意味で自分によって動いていないし、自分で経験していない。そのために、何かを経験しても積み上がる感覚がない。自分の身になる感覚がないのです。それが一層、自信を失わせることにつながります。

ビジネスパーソンの背中
写真=iStock.com/monzenmachi
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トラウマで自己喪失するとこんな症状が現れる

トラウマが重いケースではこうしたことが顕著に現れます。下記にリストアップした個別の症状も自己喪失の結果、心身を統御できずに生じているとも考えられるのです。

「トラウマ」がもたらす具体的な症状
①過緊張 ②過剰適応 ③安心・安全感、基本的信頼感の欠如 ④見捨てられる不安 ⑤対人恐怖、社会恐怖 ⑥他人と自然に付き合えない、一体感が得られない ⑦脳や身体の興奮、過覚醒 ⑧能力、パフォーマンスの低下 ⑨フラッシュバック(恥の感覚、自責感など) ⑩ねじれた複雑な世界観 ⑪自他の区別が曖昧になる ⑫理想主義的になる ⑬暗黙のルールがわからない、他者の言葉に振り回される ⑭自信のなさ、スティグマ感 ⑮自己開示できない、自分の人生が始まらない ⑯過剰な客観性、自分の価値観で判断できない ⑰時間の主権を奪われる〜ニセ成熟、更新されない時間、焦燥感 ⑱記憶がなくなる。思い出せなくなる ⑲自分の感情がわからない、うまく表現できない ⑳離人感、現実感のなさ ㉑感覚過敏、感覚鈍麻 ㉒葛藤やフラッシュバックによるパニック症状 ㉓“無限”という世界観