人間は殺傷能力を抑制する手段を持たない

さきの小暮院長が続ける。

「コンラート・ローレンツというノーベル生理学・医学賞を受賞した動物学者がいます(89年没)。彼は“刷り込み(インプリンティング)”を発見した学者として有名ですが、動物の“攻撃本能”の研究においても第一人者でした。ローレンツは、“地球上で人間だけが相手を殺傷する能力を持ちながら、それを抑制する手段を持たない動物である”と説いてもいます。これは、児童虐待にも通じる説だと思いますね」

肉食動物は、自分が支配しているテリトリーやリーダーの座をめぐって闘うことがあるが、負けを認めた相手にとどめを刺したりはしないのだという。敗者は、降参の印に急所の腹部を見せたり、ときには首を差し出したりするようなこともあるらしい。だが、首筋に噛みついて頸動脈を食いちぎれば、相手を確実に死に至らしめることを本能で知っているから、勝者は最後の一撃を加えないというのだ。

タンザニアのセレンゲティ国立公園
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弱い動物ほど相手が死ぬまで闘う

ところが、草食動物や鳥類になると全く正反対の行動に出る。

「弱い動物ほど相手が死ぬまで闘うんです。いい例が鶏ですが、突尻つきじりといって、鶏は相手が死ぬまで……、厳密には動かなくなって自分への脅威がなくなるまで、執拗しつように相手の肛門だけを攻撃し続けます。草食動物にも同じような傾向がありますね。どちらかが死ぬまで闘い続ける。捕食される立場にいる弱い動物ほど、加減というものを知らないんです」

泣きやまないというだけの理由で、子どもに手を上げる親がいる。感情に任せて幼児を打擲し、躾と称してわが子を死に至らしめる親がいる。感情の抑制が利かないのだろう。何故、歯向かうことすらできないとわかっているのに、わが子に虐待などという冷酷な仕打ちができるのか。

たとえ自分がお腹を痛めて産んだ子でも、血のつながらない子でも、いまこの瞬間に、子どもの人生を終わらせる権利など誰にもない。初めてわが子を抱いたときの温もりや感動が一欠片でも心に残っているなら、手にかけるのではなく、もう一度強く抱きしめてほしい――、と私は思っている。私の考えは間違っているだろうか。