「生前の映像」をどう流したか

決定的だったのは、黙祷後の「(安倍元首相の)生前の姿映写」のくだりだった。国葬主催者側がまとめたという生前の映像は、国葬会場のモニターを通してではなく、事前に素材を入手していたフジの番組映像として堂々とフル尺、フルスクリーンで流された。

例えば他局の日テレなどは、生前の映像はあくまでも国葬会場で映写されているものを画面隅のワイプに小さく収めて流し、スタジオでは「国葬反対の声が増加した理由」「世論を二分」「にじむ政府の配慮」など、国葬に反対の声が強いこと前提で冷静に背景解説をフィーチャーしていたから、その対照には思わず苦笑した。

フジは他局のように「山上容疑者による暗殺事件の背景」「捜査の進展」「国葬反対論」に時間を大きく割くことなく、解説に呼ばれた日大危機管理学部の先崎彰容教授によるコメントを結論に置く形で、番組を終了した。

「賛成であれ反対であれ(中略)そういう映像がこの公共の電波に流れている、これ自体が民主主義なんだな、ということを我々は学ぶべきなんですよね。自分たちの考え方が一色にならない、ということがこの映像を見ただけでわかる。そういう空間に生きているんだなということを感じました」

ニコ生は「ファンフェス」と呼んだ

ナショナルイベントの賛成派がまさかの少数派になって、そんな自分たちのことも多様性の一つとして受け入れてくれることが民主主義なんだと学べ、と逆説教する事態に。いまからフジの国葬番組を探して見ずとも、記事を読むだけでそのほとんどが眼前に再現されてくるようなコラムがある。先述のフジテレビ上席解説委員・平井文夫氏の「菅義偉さんの感動的な弔辞の直後に1人だけ大きな拍手をした人がいた。やがてそれが会場中に広がった」だ。

平井氏のコラムに象徴されるように、国葬主催者の意図に忠実に沿ったフジの番組作りと、安倍氏に対する英雄的な扱いは実に印象的だった。それは安倍元首相の国葬儀に反対すると銘打っていたニコ生「深掘TV」などが国葬を「安倍さんのファンフェス」と指摘していた通りの姿に見えたが、これもつまるところ(弔意さえ確かなら国葬の装いに胸元がシースルーのアレキサンダー・マックイーンを着て行ってもOKと主張した当の保守系女性コメンテーターがネットで盛大にイジられた後日譚と同様に)民主的な多様性なのだろう。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト

1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。