息子を思うと引き裂かれるような気持ちに
もともと来年1人で日本に戻るつもりでいたのを、1年繰り上げての帰国。「息子のことを考えると、本当はあと1年待ちたかった」と厳しい表情を見せる。
「息子たちは、私が区長になったことについて、『誇りに思う』と言ってくれています。でも、そう言わざるをえない部分もあるでしょうし、そう言わないとやっていられない面もあると思う」。予定よりも早く母親と離れて暮らすことになった息子の寂しさを察して、岸本さんは語る。「私も、息子のことを思うとつらくて、引き裂かれるような思いはあるんです」
就任翌日から2週間、息子たちが来日し、岸本さんと一緒に過ごしたという。「就任直後は嵐のような日々でした。公務で大変な中、信じられないような2週間だったんです。でもやっぱり家族がいてくれて、少なくとも夜は一緒だったのは大きかった」
緩和されつつあるとはいえ、コロナ禍で入国制限があるうえ、ウクライナ情勢の影響もあり国際線の運航も混乱している。欧州と日本の行き来は、以前ほど簡単ではなくなっている。さらに、岸本さんは区長としての公務もあり、簡単に国外には出られない。「精神的に、すごくきついのは確か」と話す。
私に投票していない人もたくさんいる
選挙戦の争点の一つでもあった駅前再開発や道路拡張計画については、住民との合意ができていないところは「『すでに区として決定しているから』と進めてしまうのではなく、少し立ち止まろうと思っている」と、岸本さんは言う。「今、本当にお金をかけるべきものは何かを考える必要があると思います。予算の優先順位を変えることも考えるべきでは」と話す。
また、岸本さんがもう一つ実現させたいと考えているのが、同性でも事実婚カップルでも利用できるパートナーシップ条例だ。ヨーロッパの生活で、自身だけでなく、周りの人たちがこうした選択肢の恩恵を受けてきた様子を見てきただけに、思い入れは強い。
東京都では、すでに16の区や市がパートナーシップ制度を導入している。
「これは、賛成の声も多く、導入で不利益を被る人がいるわけではないので、進めやすい施策の一つだと思います。近隣や他の自治体から学んで、質の高い制度を作りたいです。また、まだ知られていないような差別や、同性カップルの人たちが受けられていない恩恵についても、もっと考えていきたい」と言う。
新人区長の挑戦は、まだ始まったばかりだ。史上まれにみる僅差での当選は、自分以外に投票した人が半分いるということだ。投票率も、前回より5.5ポイント上がったとはいえ37.52%と、投票していない区民も多数いる。「そのことを肝に銘じたい」と岸本さんは語る。
「行政経験も、人間関係も、何もないところからのスタート。勉強しながら、職員をはじめ区民のみなさんと信頼関係をつくりながら、できることを少しずつやっていくしかありません。コミュニケーション、対話を大事にしていきたいです」
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。