「物盗られ妄想」で怒鳴り込み

話を聞いていて、「もしかして、お隣さんは認知症が始まったのではないか?」と思いました。私にも似た状況の親戚がいて、後に「○○が盗まれた」といった、認知症の典型的な症状の一つである「物盗られ妄想」が始まったからです。

案の定、Aさんのお隣さんも、「ウチに置いてあった財布がない。あんたが取ったんだろう?」と言い出しました。物盗られ妄想です。最初のうちは、認知症の対応方法を調べて、「それは困りましたね」と共感し、一緒に財布を探したりしていました。しかし、家に上がり込んでくる頻度もあがり、その度に騒ぎ立てるので、自宅作業をしているAさんは仕事もできません。

遠くに住んでいる、お隣さんの息子さんに話をして、来てもらったこともありました。しかし、実際に母親がAさんの家に怒鳴り込んでいるところを見たわけではない息子さんは、身内びいきもあってかAさんの話に懐疑的。根本的な解決には至りませんでした。

「だったら、お隣さんの言動を録画しておいたら?」とAさんに話しましたが、彼女は優しくて、「昔はいい関係だったから」「本当は優しい人だから」と、なかなか思い切った行動ができない様子です。そのうちAさんも、気分が落ち込んで抑うつ状態になり、薬に頼るようになりました。やがて、家の窓を開けるのも怖いと思うようになったといいます。心身ともに弱っているところに、家まで来て騒ぎ立てるお隣さんをどうすることもできず、警察を呼んだこともあったそうです。

「いい人だった」思い続けると縁が切れない

引っ越すわけにもいかないAさんは、ひとまずブロック塀を高くしました。庭に出たとき、お隣さんと顔を合わせないで済むようにしたのです。お金はかかりましたが、一時的に気がラクになったそうです。でも、やはりAさんの気持ちはザワついたままでした。

高い塀があって、相手を目にすることがなくなっても、心の中の塀がないために、相手に対する思いが行ったり来たりしてしまうからです。

そこで、私がAさんのお宅にお邪魔して「縁切り」の儀式を行うことになりました。

家を建てる時に地鎮祭を行いますよね。土地の神様にその土地を使う許可をいただき、工事中に障りが無いよう工事の安全をお願いする儀式です。隣同士の縁切りの場合も、土地の神様にお願いをします。私はAさんとお隣さんの敷地の境界に塩とお酒をまいて「結界」をはり、彼女にこう伝えました。

「お隣のおばあちゃんはもう引っ越したものと思って、自分の心の中の思い出なども一切合切流し去ってください。今まで縁があってお隣さんと楽しい時間を送ってきたのだから、その時間に対しては『ありがとう』の気持ちを添えて送ってください」と。

酷なようですが、「あの人はいい人だったな」と思い続けるうちは縁が切れません。思いを持っていることが原因となって、縁が続いてしまうという結果になる。“因”が断ち切れないと“結果”が付いてくるのです。これが、「因果」です。