「敬語で話したほうが…」

しかし、支払いの時も永久にタメ口。料金が1400円で思ったより高くて、その瞬間、こんな妙な関係性(?)のままこの空間から去りたくない! と、領収書を受け取りながら「あの……失礼かもしれないですけど、敬語で話したほうがいいと思います……」と弱々しく伝えてしまいました。

運転手さんは「エッ! ああ……はい……(ヤバッ)」って感じで、素直に受け入れてくれた空気を感じました。私も、そこでやっと客と運転手という本来の距離感を感じられてすごく安心できました。

今思えばこの運転手さんはこちらが「言える」雰囲気を残してくれている方でした。

今年に入ってから、雨の日に初めて行く場所へ時間が間に合わず乗ったタクシーの運転手さんはすごかったです。私と同年代と思われる男性でしたが、「行ったことあんの?」「ええ? 分かんない?」「ナビいれるから言って」「オッケー(半笑い)」など、地元のダチかってくらいむちゃくちゃな距離感でした。

「分かんないとこ行こうとするなんてお前って昔からそうだよなあ~! 笑」みたいなテンションなんです。乗車5秒くらいで。

あ、失敗した! と思った時はドアが閉まっていて、「やっぱり降ります」と言うタイミングを逃し、タメ口タクシーは発車してしまいました。

「初対面でタメ口」は結構難しい

私は今度タメ口を使われたらこっちもタメ口で返す、と決めていました。なので返そうとするのですが、初対面でタメ口きくのって意外と難しいんです。

でもほんっとに不快だったので、めちゃくちゃがんばりました。「……ない」「そう」「●●町! 2の2!」とかぶっきらぼうに言い切ってみました。

ここでの私の狙いは、本来の「客と運転手」の距離感を思い出してもらうことです。

しかし相手は猛者でした。あとくされのない元カレみたいな口調を続けています。それに対して「そうだよ!」とか不機嫌な感じで返すと、逆に元カノ感がめっちゃ車内に充満してしまうんです。「昔付き合ってた2人」もしくは「陽気な父親とお年頃の娘」のハーモニーが成立してしまい、不快感が倍増してしまいました。

無理、目的地まで乗っていたくない、と思って目的地まであと少しのところで「ここでいいです 降ります」と言うと、「え⁈ なんで? すぐそこだよ」とか言って「乗せてくよ」みたいに返してきて、乗せてくじゃねえこっちが金払ってんだよッ! という言葉にならない嫌悪感で全身の鳥肌が立ちました。何か一言言おうとしても「思い出して! 私は客!」とか叫んじゃいそうで、そのセリフもなんか記憶喪失の元カレが出てくるドラマみたいだし、とにかく私がどう行動しても「ケンカした2人」みたいになってしまうんです!

こちらの「客としての立場」を全く残してくれない独特な運転手でした。

イラスト=田房永子