世論の変化に反応したNATO加盟申請
マリン首相と、外交をつかさどるサウリ・ニーニスト大統領のNATO加盟申請という決断は、世論の動向に敏感に反応した結果ともいえる。
フィンランドでは、NATOに入ることに慎重な人が多かったが、ロシアのウクライナ侵攻以降、NATO加盟支持の世論が劇的に高まった。
フィンランドの国営放送Yleが行った調査によると、2022年2月には、NATO加盟賛成が53%だったが、3月には62%に増えた。2017年11月の同調査では、59%が反対だったのに比べると急増である。
この背景には、「フィンランドがウクライナのようになるのではないか」との恐怖がある。ロシアと1300キロメートルの国境を接するフィンランドにとっては、当然の心配だろう。実際、フィンランドには、第2次世界大戦中に当時のソ連に侵攻され、領土の一部を失った歴史がある。冷戦後もロシアを刺激しないようNATOにも加盟せず中立を守ってはいたが、徴兵制を維持するなど警戒していた。
今回、フィンランドとスウェーデンはNATO加盟の申請に踏み切ったとはいえ、トルコの反対もあり、申請が通るかは予断を許さない状況だ。
「こんな時だからこそ」の積極外交
柴山さんは、NATO加盟問題が佳境に差し掛かっているため、マリン首相の日本訪問は見送られるのではないかと思っていたという。
「『今は国内が大変だから日本に行っている場合ではない』と見送ったりせず、そんな時にあえて訪日し、安全保障面も含めて日本と対話を行ったり、関係強化を図ったのは素晴らしい判断だったと思います。このようなタイミングだったからこそ、今回の訪問は世界にフィンランドを強く印象づけたように思います」
フィンランドは普段、国際ニュースに頻繁に登場する国ではない。ところが、今はマリン首相がいることで、注目されていると感じるフィンランド人も少なくないそうだ。来日中も首相は、インスタグラムなどのツールをうまく活用し、プライベートの姿も見せながら積極的に発信していた。
「日本や世界に対し、今こうしてフィンランドが他国との関係強化にも力を入れ、一生懸命やっていることを見せることで、関心を引くことができる。グローバルで存在感が増せば、安全保障上の抑止力も生まれるのではないでしょうか。小国にとっては『関心を持ってもらう』ことが非常に大切なのです」と柴山さんは言う。
そんなマリン首相のやり方は、世界に向かって必死で発信を続けるウクライナのゼレンスキー大統領の姿とも重なる。
ロシアの隣に位置するフィンランド。ロシアの反対側の隣国は日本である。「地理は変えることはできない」というが、世界と国内世論をしっかりと見据えて行動する、インスタ世代のフィンランドのリーダーから、日本も学ぶべきことがありそうだ。
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。